エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 入選作品
「なんか、つまらんね」
「うん、つまらん・・・・・・」
「コレ、いこうか?」
カズが、口元で人差し指と中指を立てた。
煙草のサインだ。
「うん、いこうか」
僕は、カズに頷いた。
高校1年の夏休み前。僕とカズは若戸大会の応援にかり出されて、隣の中央高校のグラウンドにいた。
大会は戸畑と若松にある高校の交流戦だが、出場するのは部活のクラブではなく、クラスマッチで勝った一般生徒のチームだ。そんな素人ばかりのソフトボールの試合を見ても、面白いわけがない。
カズとは小学校からの幼なじみで、同じ中学から同じ高校に進んだ。しかもカズは中学の野球部では俊足・巧打・左利きの一塁手として鳴らし、前の年に甲子園に出場したうちの高校でも充分レギュラーを張れるといわれたほどの逸材だった。
家庭の事情から野球部には入らなかったが、そんなヤツがエラー合戦のような試合を見せられても、退屈なだけだろう。
僕とカズは学生ズボンについた砂をはたき落としながら立ち上がると、体育館の裏に向かって歩いていった。
カズがケツのポケットからセブンスターの箱を取り出しながら角を曲がろうとした時、突然たじろいだ。
「どうした?」
立ち止まったカズの肩越しに向こうを見ると、そこには3人の先客がいた。
その顔を見て、咄嗟に「ヤバい!」と思った。
そこにいたのは、工業のMクンとNクン、そして中央のHクン。僕らより2コ上で、地元でも有名な札付きの3人だった。
「すんません!」
慌てて踵を返そうとすると、後ろから声が飛んできた。
「おい、コラ、待て!」
恐る恐る振り返ると、ハイライトを煙たそうに口に咥えたMクンが、僕に声をかけてきた。
「おまえ、O中やろ? 去年アンプを借りに来た」
そう言われて思い出した。
1年前の中3の時。僕らは中学の文化祭でコンサートをするために友達の兄貴をツテをたどって、Mクンたちがバンドの練習場にしていた隣町の金持ちの息子の家にアンプを借りに行ったことがある。その時に一度、顔を合わせていたのだ。
「あ、そうです」
「まだ、あのバンドしよるんか?」
「はい。高校はバラバラになったけど、まだしてます!」
「そうか。まあ、一服していけや」
そう言われると、断るわけにもいかない。僕はカズから手渡されたセブンスターを慌てて口にすると、近所の喫茶店でもらったマッチで火を点けた。
Mクンはハイライトの煙をゆっくり吐き出すと、おもむろに聞いてきた。
「おまえ、ロックの三要素っち、知っとるか?」
突然の問いかけにうろたえ、思わず咳き込みそうになる。授業で音楽の三要素はリズムとメロディ、ハーモニーと聞いたことはあった。でも、ロックの三要素って何だ?
答えあぐねていると、Mくんは笑いながらこう言い放った。
「ロックの三要素は、センスとルックス、そして、ギャグよ!」
それを聞いたNクンとHクンが一斉に笑いだした。
「Mはギャグのかたまりやもんね」
3人の中では一番真面目そうなHクンが「先コウが見廻りにに来るかもしれんけ、そろそろ行こうか」と言いながら、煙草をもみ消した。
「ロックやるんやったら、今度小倉の北Q楽器に来いや。いろいろ教えちゃるけ」
Mクンはそう言い残すと、3人は体育館の裏から去っていった。
それから程なくして夏休みになった。
学校ではなかば強制的に夏休みの補習が行われていたが、そんなの知ったことじゃない。僕は前から欲しかったアンプを買うために、1日5千円の日当で建設工事のバイトを始めた。
ちょうどお盆を迎える頃には目標の5万円が貯まり、カズのバイクの後に乗せてもらって、Mクンに教えてもらった小倉の北Q楽器に向かった。
カズはバンドのメンバーではなかったけど、事あるごとに楽器の運搬を手伝ってくれていた。二人ともちょうど16歳になったばかりで、カズは毎日牛乳配達のバイトをしながら金を貯めて学校に内緒で免許を取り、125ccのバイクを買っていた。
北Q楽器は、旦過市場近くの川の上に店を構えていた。
店の外からこっそり中を覗くと、私服でいつの間にか髪を金色に染めたMクンが見えた。その姿に少しビビりながらも意を決して店に入ると、店員らしき人と談笑していたMクンがこちらに気がついた。
「おう、本当に来たんか。紹介しちゃるわ」
そう言って店員の前に連れていかれると、「こいつT高の1年で、ロックしたいっちいいよるけ、教えてやって」と紹介してくれた。
ギターやベース、アンプに囲まれて客が4、5人も入れば一杯になりそうな狭い店内には、何と3人も店員がいた。Mクンと馬鹿話をしながら爆笑していたのがERO。ギョロリとした目でこちらを振り向いたのがOSHO。そして、僕には目もくれずにギターを掻き鳴らしていたのがS也クン。
「あんた、何か欲しいもんがあるん?」
3人の中では一番とっつきやすそうなOSHOが声を掛けてくれた。
「あ、オレ、ベースアンプが買いたいんですけど・・・・・・」
「ふ〜ん、予算はいくらあるん?」
僕はバイトで稼いだなけなしの5万円を握りしめて、「これで50ワットぐらいのベーアン買えますか?」と尋ねた。
「ベースは何使いよるん?」
「グレコのプレベ。一番安いヤツやけど」
元々ベーシストだったOSHOは、各メーカーのアンプにグレコのベースをつないで音を出しながら、いろいろと教えてくれた。その間もMクンとEROは馬鹿話で笑い転げ、S也クンは一心不乱にギターを弾いている。
そして30分後。
僕は初めて自分で稼いだ金で楽器を買ったことに高揚しながら一人でやっと持てるほどにクソ重たいアンプを抱えて店を出ると、バイクの下でセブンスターの吸い殻を4、5本踏み潰したカズの元に戻った。
カズは呆れた顔をして呟いた。
「それ、どうやって持って帰るん?」
「あっ・・・・・・」
これが、僕の『北Qロックコネクション』の始まりだった。
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その後、MクンとS也クンは新しいバンドを組み、北九州から日本を代表するロックレジェンドになった。
当時、北九州の先輩からロックを教えてもらい、バトンを受け継いだのは決して僕だけではない。同じようにロックにのめり込み、ロックを愛し、そして今もロックを演り続けている人は、プロ・アマ問わずに数多くいる。
『北Qロックコネクション』は、今もこの街に脈々と息づいている。
作者:EZさん