料理人とお客さんとの距離感を「アウトファイト」「ミドルファイト」「インファイト」と表現する廣口さん。料亭や結婚式場のように、料理人とお客さんとの距離があるものが「アウトファイト」、割烹や寿司、バーなどお客さんと対面するのが「インファイト」だそうです。
ーー廣口さんはレパートリーも広いし知識も豊富なので、料理人が天職のように感じます。
15歳でこの世界に入ったのですが、最初の10年間くらいはずっと才能がないと言われていたんです。
ーーそれは意外ですね。
自分でも才能がない、働いていても面白くないと思っていたんです。でも実は、料理そのものじゃなくて、お客さんとの距離が遠い「アウトファイト」が苦手だったんです。割烹での仕事を経験して、お客さんと会話をする「インファイト」が得意なことが分かりました。
ーーお客さんとの距離が近い方がいいということですか?
そうです。僕は「初めまして」が大好きなのですが、こんなに「初めまして」の多い仕事ってないと思うんです。人と関わるのって面白いですよね。
ーー料理を提供するにあたって意識していることはありますか?
料理は「おいしそう」「おいしい」「おいしかった」の3本立てだと思っています。「おいしそう」がメインの人、「おいしい」がメインの人、「おいしかった」がメインの人がいると思うんです。
インスタなどで見る事前の情報などで、食べる前に「おいしい」モードに入っている人は「おいしそう」がメインの人です。
今日デートだという人は、相手の「おいしかった」という感想を求めているので、「おいしかった」がメインです。外が寒いから帰りに温かいものを食べたり、翌日の負担にならないようなものを食べたりするのも「おいしかった」重視の行動です。
「おいしそう」「おいしかった」のどちらでもなく、「おいしい」だけを求める人もいます。
「The World’s Best Sake Pairing」のときの、お酒と牡蠣の産地を合わせる、というストーリーは「おいしそう」を作るためのものです。
ーー「おいしそう」を作るためにはどんなものが必要なんですか?
「おいしそう」を作るため大切なのは、まずはお客さんの情報をどれだけ集めるかです。今はSNSもあるのでやりやすいですね。
お客さんの来店の目的やその日に食べた昼食によっても変わります。
お昼にお肉を食べたのに、夜もお肉を出されたら、おそらく肉を食べたいと思わないでしょう。
お昼に刺身を食べたら、夜は刺身じゃなくてちょっと加熱した方がいいですよね。
あとはお客さんの苦手なものやアレルギーを知ることです。引き出すのはかなり難しいですが、きちんと引き出すことが長くお付き合いするコツだと思います。
つまり、相手が何を重視しているかを見なきゃいけないんです。
例えば、左利きのお客様に箸置きと箸を左に置いておくと「おいしそう」ができあがります。利き手は、バッグをどっちの手で持っていたか見ておけばわかります。
これはサービスの“インファイト”だと思っていて、これはとても面白いです。味以外でもお客さんの期待を超えることが可能です。勝負は食べさせる前に始まっています。