紫川大冒険で生きる力を学ぶ【エッセイコンテスト 入選作品】

エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 入選作品

水面にパドルを突き刺した瞬間、大きな魚が勢いよく飛び跳ねて水しぶきがかかる。「うわあ凄い」カヌー体験に参加していた親子連れから歓声が上がった。紫川をカヌーが彩ると、橋を渡る通行人は興味津々である。心地良い風が吹き抜けカヌーに揺られて、水辺の美しい景観を眺めていると心が和むのである。

かつて「ドブ川」と呼ばれていた紫川は、市民の浄化運動と下水道の整備によって水質は見違えるように向上した。さらに、マイタウン・マイリバー整備事業でその周辺地域と共に美しくなった。

そこで市は、夏休みに小、中学生を対象に川の自然をとことん楽しんでもらおうと「紫川大冒険」という事業を始めた。その後、NPO法人が内容をアレンジして引き継ぎ、平成19年、6泊7日をかけて、山、川、海を巡る大冒険の隊員を募集した。「可愛い子には旅をさせよ」という言葉がある。私は10歳の息子に参加を勧めたのだ。

出発の日、隊長をはじめ、安全にサポートをしてくださるスタッフの方々に感謝をした。全長22.4kmの紫川の源流は果たして何処にあるのだろうか?まず、6名の隊員らは福智山の頂上を目指した。そこに降った雨が小さな流れとなり沢に流れ込む。源流を見つけたら手ですくって水を飲み、沢登りに挑戦した。鱒渕ダムを渡り、上流からカヌー下りを開始する。ターザンロープで思いっきり川の中に飛び込んで遊んだことは一生忘れないであろう。しかし、川幅が狭い所は引っ張らなくてはならない。カヌーと自分の足だけが頼りなのだ。しかも、テント泊に自炊。地元の方のご厚意で絞めたばかりの鶏を分けてもらい、教わりながら解体してバーベキューをしたとは驚きだ。命の尊さを深く心に刻んだことであろう。下流は個性的な10橋が架かり、お馴染みの光景が広がる。橋の下を潜り抜けて漕ぎ進むと目の前は響灘だ。漁船に乗って藍島へ渡り大自然を満喫して、ようやくゴールした息子の表情は実に晴れやかで自信に満ち溢れていた。活発な少年へと変貌を遂げたのだ。

その後、息子と共に私達家族は、紫川で毎年開催されるカヌー大会に参加したり、あゆの放流、川の清掃活動等を続けてきた。

平成22年、13歳になった息子は大病を患い入院した。しかし、治療の際付き添って下さった臨床工学技士の方との出会いが運命を変えた。医療機器を扱うこの職業に興味を持ち、国家資格を取得することを決意したのだ。ピンチがチャンスへと変わったのだ。高校卒業後、専門学校へ通いながらボランティアリーダーとしても頑張り続けた。そして、遂に夢が叶ったのだ。患者さんの心の支えとなり、日々精進して欲しいと願っている。

平成31年、水環境館がリニューアルした。川、自然、環境について、楽しく遊びながら学べる地下空間の施設だ。大きな河川観察窓には汽水域なので様々な生き物が現れる。稀に、体長1m程のナルトビエイが姿を見せると、子ども達は大興奮、大人は慌ててスマホを向ける。淡水と海水が2層に分かれた塩水くさびは実に幻想的だ。館長は、12年前の隊員たちの恩師(隊長)、内村政彦氏である。「これからの社会を生き抜くには、自然の中で力いっぱい遊ぶことが大切だ」と話す。私はその志に共感してカヌー体験のお手伝いを申し出たのだ。現在でも、紫川をさかのぼりながら「水環境耐感キャンプ」を継続中だ。川での自然体験は生きる力を育むのだ。
さて、魅力たっぷりの紫川だが心配な事が2つある。まず、想定外の大雨による氾濫である。日頃からの備えや訓練は重要である。水環境館では、防災企画展の実施や大型モニターで北九州市の過去の水害の歴史の動画を放映している。土嚢作りは、とても重くて積み方に工夫が必要だということがわかった。次に、川から海へと流出する海洋プラスチックゴミの問題である。「レジ袋有料化」が追い風となり、私達一人一人が出来ることから実践していきたいと思う。

作者:吉本 奈津子さん

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