遠距離サムライ 《第2回エッセイコンテスト優秀賞》

3歳の頃だっただろうか、芸能の世界を夢見たのは。暇さえあればそこらへんで歌って踊っている、そんな子どもだった。

芸能の世界への憧れを抱いたまま迎えた思春期。オーディションに興味は持ちながらも応募する勇気はとても無かった。家から徒歩1分のバイトも続かない。そんな自分に自信なんてもてず。

時はみるみるうちに過ぎていく。ある日ふと気がついた。

「このまま挑戦しないまま死を迎えたら、後悔するだろうか」

この事実に気づいてからの行動は早かった。

芸能スクールに通い、オーディションを受け続ける日々。落ちた回数なんて数知れず。

そんな私の運命を変える出来事が、突如として訪れる。深夜23時、Twitter。

『小倉城おもてなし武将隊メンバー募集』

現在は小倉城武将隊であるが、当時はまだ仮称だった。募集締切まであと1時間。真っ暗なリビングでひとり頭を悩ませる。芸能事務所に所属していた私は応募するなら許可を取らねばならない。しかし到底間に合わない時刻。考える事しばらく。ええいままよ。私はプロフィールを送信した。

そのオーディションは今まで受けたものとは何もかもが違っていた。

私は北九州住みではない。「リバーウォーク行きとは何ぞや」と思いながらバスに乗りこみ、初めて訪れた小倉城下。え? ここまだ入場料かからないの? 入っていいの? とおそるおそる通った虎の門。視界が開け、堀の向こうにそびえる小倉城天守閣は「かっこいい」以外の何者でもなかった。

城の隣にたたずむ八坂神社。一羽だけ色が違う鳩。堀の主のような大きい鳥。のうのうと泳ぐ鯉や亀。敵の侵入を防ぐような急勾配の坂。オーディションをきっかけに訪れた初めての土地は、何もかも新鮮だった。

迎えたオーディション、いつもなら嫌な緊張感で震えが走るが、この日は違った。

武将隊は殺陣を行う。殺陣の経験が一切なかった私は、この日初めて刀を握った。当時の立ち姿なんて今見たらヘンテコリンで赤っ恥ものだろう。それでも精一杯食らいついた。

順調に進むオーディションの中で、ひとつネックがあった。住まいが遠いことだ。片道数時間、往復はその倍。

プロデューサーや座長からも心配された。交通費も時間もかかる。それでも私は「やりたい」と願った。それくらい、小倉城に、小倉という土地に魅了されていた。

今までのオーディションは受けたあと落ち込むのがお決まりだった。いろんな意味で「おわった」と呟いて。

しかしその日はスキップしたくなるほど心が踊っていたのを覚えている。帰り際、小倉駅で刀剣の番組が放送されていた時はタイムリーすぎて驚いたものだ。

晴れて合格した小倉城武将隊。しろテラス横で行う稽古はひたすら楽しかった。暑いし、虫はいるし、日が暮れると暗くてよく見えないし、快適かと言われればまた話は違うけれど。

「わざわざ遠くから来てもらって」と言われたら「好きでやってるので!」と返し、稽古が終わったら駅へ走る。そんな日々。メンバーの中でも一番遠くから小倉に通った。本番前はそれこそ毎日。

徒歩1分のバイトで挫折したはずの私が、片道数時間の小倉には通える。それは小倉城が、武将隊が、小倉でしか出会えなかった仲間が、小倉という土地が、北九州が好きだからだ。長く続けていれば楽しい事ばかりではない。迷うことも泣くことも、それこそ辞めたいと悩んだこともある。

それでも私は、この地で夢を叶えた。

私は小倉が、北九州が大好きだ。

作者:千晴さん