一杯の「ごぼう天うどん」【エッセイコンテスト 入選作品】

エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 入選作品

とある日のお昼どき、私は住宅街にあるうどん屋さんに足を運びました。
昭和の時代から続くお店で、亡くなられた先代の奥様(大女将)と、娘さん(若女将)がお店を切り盛りされています。
お世辞にも広いとは言い難い店内は、大テーブルとカウンター席中心。
見ず知らずの人と並んで熱いうどんを頂く、そんなお店もずいぶん少なくなったような気がします。

カウンターの隅の席に腰を下ろして、いつもの「かやくうどん」と「かしわおにぎり」を待っていると、隣に若いお母さんと5歳くらいの男の子が着席しました。
近所から歩いてこられたようですが、常連さんという雰囲気ではありません。
ほどなくして、店内は満席になり、活気が満ち溢れてきました。

お母さんのオーダーは「ごぼう天うどん1杯」。
味の評判はもちろん、具を含めたボリュームの多さでも有名なお店です。お母さんは、親子で分けて食べられる量を計算して、「ごぼう天うどん」を1杯だけ注文されたんですねぇ。

ちなみに、この街では殆どのうどん店で食べられる「ごぼう天うどん」(「ごぼ天うどんとも言います)。18歳の頃、一度この街を離れた私は、福岡県を中心とした狭いエリア限定で食されているという事実を知り、愕然としたものです。
牛蒡に衣をつけて揚げた「ごぼう天」は、うどんの具としてまさにぴったり。
全国的にメジャーな「かやくうどん」も、この近隣のものには大抵、ごぼう天が入っているんですよ~。

そんなことを考えているうちに、私の「かやくうどん」が到着。
それに続いて小さめの丼にやや少なめの「うどん」が運ばれて、男の子の前にそっと置かれました。
この少なめのうどんには、なぜか小さなアゲと甘く味付けられたお肉も少々。
男の子の顔が、パァーっと明るくなります。
そして、「わぁ~ ありがとう。いただきます」としっかり言えました。

若女将は、びっくりした表情のお母さんの前に「ごぼう天うどん」を置きながら、小さな声で「お母さんのうどんを少しだけ分けてお届けしました~」と笑顔。
いやいや。
私の眼にはお母さんの前に出された、しっかり一人前のごぼう天うどんが映っていますよ。(笑)
カウンターの中の大女将に目を移すと、こちらも「してやったり」という感じで、満面の笑顔。
そして、もちろん私も・・・。

男の子は元気よく、「自分の」うどんを平らげ、「ごちそう様でした」。
そして、お母さんの「ありがとうございます」とともにお店の外へ。母の手を握る男の子の足取りの軽いこと。
お母さんの考えとは裏腹に、男の子は「自分の」うどんが欲しかったんですね~。
私も子供の頃は、「早く大人と一緒のものを食べたい」と思っていたなぁ。

お店にとって多忙を極める時間帯なのに、そんな子供の「心」をキャッチ。お節介のギリギリ手前でなされる自然な感じの心遣いは、スマートで実に見事でした。
他の多くのお客さんが、このようなやり取りに気付かないほどのさりげない「事件」。
間近で遭遇できたことを、神様に感謝です。

「お子様連れ限定サービス」を大きくアピールしたり、子供向けメニューを充実させたりするお店も少なくないけれど、この男の子にとって、どんなお子様メニューよりも「うどん」が嬉しかったに違いないと。

工業都市、産業都市として歴史を重ねてきたこの街の人々。きらびやかなサービスや、歯が浮くようなPRは、あまり得意ではないかもしれません。
また、照れ屋的な部分があって、必要以上に自分たちの街を卑下してしまう癖があるとも言われています。
でも、一見地味に見える毎日の中で、此処で暮らしていてよかった、この街で育ててもらってよかったという場面に出会うことは、けっして少なくはないと思います。

人情といえば一言で片付くのかもしれないけれど、汗を流しながら生活している人の多い街だからこその「心」の通い合い。
これからも、街全体で大切にしていければ良いなぁと。

お節介と、心を込めた気遣いとの差は、ほんの紙一重。
こんなうどん屋さんやこの街が、私は大好きです。

作者:アンソニー グレイさん