シェイクスピアの四大悲劇の一つ『リア王』が10月31日(土)と11月1日(日)、J:COM北九州芸術劇場 大ホールで上演される。
演出は森新太郎さん、リア王役は内野聖陽さん。東京公演から始まったツアーは、北九州で千秋楽、大千秋楽を迎える。
400年以上にわたって上演され続けてきた『リア王』を、いま上演する意味はどこにあるのか。
東京公演開幕後に行われたオンライン取材会で森さんに尋ねると、返ってきたのは「老い」という言葉だった。
観客の反応から見えてきた「老い」
『リア王』は、老王リアが国を娘たちに分け与えるところから始まる。リアの乱心をきっかけに家族の関係はひび割れ、やがて国全体までもが瓦解していく。
森さんがこの作品に取り組む入り口となったのは、「権力」だった。
戯曲を読んだとき、わずかな出来事から人間社会の秩序が急速に崩れ、それを誰も止められなくなっていくことに強くひかれたという。観客は、舞台上にいる生々しい人間を見つめながら、同時にその崩壊の様子を俯瞰して捉えることができる。森さんは、そこに演劇という表現の特徴を見ている。
ところが、実際に舞台をつくり、東京公演で観客の反応に触れる中で、別のものが見えてきた。
「やはり老いの問題っていうのは、今の日本にとって身近な問題なんだなとあらためて実感しています」
リアに強く同情する人もいれば、その子どもたちの気持ちが分かるという人もいる。双方の立場が分かるからこそ、人間がみんなでこの老いの問題とどう共存できるのかを真摯に考える観客も多いという。
失った先にある、本当に大事なもの

ただし、森さんは『リア王』が描く老いを、失うことや悲しみだけでは捉えていない。
リアは老いていく中で、多くのものを失っていく。しかし、失った結果として、「本当に自分にとって大事なもの」が何なのかにたどり着くこともできる。
「老いた先に待っているものが絶望だけではないと感じさせてくれるのが、この『リア王』って作品のすごさだなと思っていて」
森さんがその例として挙げるのが、物語の終盤だ。
リアは、最も愛していた娘コーディリアの亡骸を抱くことになる。森さんはこの場面について、深い後悔の中にありながら、娘への愛情に満ちているリアがとても幸せそうにも見えると語る。
多くを失った末に、自分が何者なのかをようやく知ることができた。その姿から、悲劇でありながら「それでも、生きることには意味があるのかもしれない」と感じられるような、わずかな慰めや希望が生まれるという。
そのような救いの光りは最初から狙ったものではない。登場人物の絶望をとことん突き詰めた先に、予期せず現れたものだという。
58歳の内野聖陽が演じるリア王

リア王を演じる内野聖陽さんは58歳。
森さんは、今の内野さんがリアを演じることに大きな意味を感じているという。
物語の冒頭では、第一声から観客を圧倒するほどのエネルギーを持った権力者として現れる。それが約3時間の物語を経て、弱々しい老人へと変わっていく。
「終盤のリア王を見ながら、『あれ、冒頭のリア王ってどんなだったかな』って思い出せなくなるぐらい」
それは58歳の今の内野さんだからこそできることであり、それを支えているのが舞台俳優としての十全な技術だと森さんは話す。
さらに後半、狂気に支配されていくリアには、怖さだけではない変化も現れる。
力が抜けて穏やかになり、それまでのリアにはなかった人間的な魅力が見えてくる。森さんは内野さんと、認知症などによって人が変わるとき、それまで見えなかった柔らかさや愛らしさが現れることもある、と話し合ったという。
今回、狂気におちいったリア王の造形は、内野さん自らが持ち込んだアイデアがかなり生かされているらしい。
「何もない」舞台で、観客の想像力を引き出す
今回の舞台には、宮廷や荒野を再現するような大がかりなセットはない。
舞台を囲むのは、白と灰色の中間色のような巨大な三方壁。あとは小さな椅子などが置かれる程度だ。
荒野の場面にも、荒野を示すものはない。宮廷にも、それを説明する装置はない。
森さんが重視するのは、俳優の言葉と身体、そして観客の想像力だ。
400年前のグローブ座でも、舞台美術や照明に頼らず、俳優の表現によって観客を物語へ導いていた。映像で多くのものをたやすく見ることができる現代だからこそ、想像力だけで別の世界へ飛んでいくことを、森さんは「豊かな体験」と捉えている。
初めてシェイクスピアを見る人にも
森さんと内野さんが目指したのは、シェイクスピアを一度も見たことがない人にも、物語の内容がきちんと届く舞台だ。
一方、シェイクスピアに親しんできた人に対しても、いわゆる「歌うような調子」ではなく、現代を生きる自分たちの言葉としてシェイクスピアの詩を届けようとしている。
「すべてのお客さんが、自分に合った興味を必ず見いだせると思います」
400年以上前に書かれた、老王とその家族の物語。
権力を失い、家族との関係を失い、自分を形づくっていたものを次々と失っていくリアの姿から、いまを生きる観客は何を見るのか。
森さんが北九州を訪れるのは今回が初めて。公演にも同行する予定だという。
『リア王 -KING LEAR-』北九州公演は、10月31日(土)と11月1日(日)、J:COM北九州芸術劇場 大ホールで上演される。
日時:2026年10月31日(土)15:00開演、11月1日(日)13:00開演
※開場は開演の30分前
会場:J:COM北九州芸術劇場 大ホール
作:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森新太郎
出演:内野聖陽、前田公輝、井之脇海、清水くるみ、川上友里、内田慈、大山真志、永島敬三、和田正人、杉本哲太、山路和弘 / 原金太郎、佐川和正、チョウヨンホ、中山義紘、藤原薫、後田真欧
料金(全席指定):S席10,000円、A席7,800円、ユース5,000円(25歳以下、要身分証提示)、ティーンズ1,500円(13~19歳、要身分証提示、枚数限定)
※未就学児入場不可
一般発売:2026年9月20日(日)10:00~
問い合わせ:J:COM北九州芸術劇場 TEL 093-562-2655(10:00~18:00)
公式サイト:https://q-geki.jp/events/2026/KINGLEAR/


