地域から全国へ─『ザ・グレイテスト笑漫2025』が描いた新たなお笑い地図

優勝したダナブルー(提供写真)

2025年5月30日(金)、北九州市小倉北区の「小倉名画座」で開催された『ザ・グレイテスト笑漫2025』(以下「笑漫」)。九州、中国、四国地方を中心に活動する芸人たちが集った、この初回大会が終わってから2か月余り。単なる地域のお笑いコンテストを超えて、日本のお笑い界に新たな風を吹き込む可能性を示したこの大会を振り返る。

第1章:大会が生まれた背景─地域お笑い文化への挑戦

「九州、中国、四国を中心に活動している芸人さん達に向けて、地元で本気を出せる舞台を作りたいと思い運営させていただきました」

「笑漫」主催者の岡さんがこう語る背景には(後日インタビュー)、日本のお笑い界が抱える構造的な問題への深い問題意識がある。

「東京や大阪に行かないと活動の幅が広がらない、っていう流れを少しでも変えたい気持ちもありました」

M-1グランプリをはじめとする全国的な賞レースは、確かにお笑い界全体のレベル向上に大きく貢献してきた。しかし一方で、東京・大阪という大都市圏への一極集中を加速させ、地方で活動する芸人たちにとっては「地方でもお笑いをやっていいんだ」と思える環境が不足していたのも事実だ。

岡さんの構想は明確だった。「地元で芸人を続けられる、あるいは一度出た人が戻ってこられる、そんなあたたかいお笑いの土壌を北九州に育てていきたい」。

この理念を実現するため、大会の仕様にも強いこだわりを持った。「地域のお祭りの延長ではなく、なるべくM-1の形に近づけた仕様にして、ヒリヒリした緊張感とか、賞レース感を出すことに力をいれました」

審査員にはダイノジの大谷さんを招き、参加者にとって価値のあるフィードバックの機会も提供。地域大会でありながら、全国レベルの質を追求する姿勢が貫かれていた。

第2章:優勝者ダナブルーの軌跡─1年半の結実

決勝に進んだ、(左から)かわゆし銀行当座、ダナブルー、肥後ドッコイ(提供写真)

この大会を制したのは、結成1年半のアマチュアコンビ「ダナブルー」だった。シンカイさんとミヤモトさんによるコンビである。

「本当にこの大会は勝ちに来ていたんで」

シンカイさんのこの言葉(大会終了後のコメント)からは、明確な目標意識が伝わってくる。アマチュアでありながら、決して「参加することに意義がある」という姿勢ではなく、頂点を狙う強い意志を持って臨んでいたのだ。

しかし、勝利への道のりは決して平坦ではなかった。「本当にレベルが高くてみんなめちゃくちゃウケていて、正直ちょっと危ないかなって2人で思っていた」とシンカイさんが振り返るように、決勝戦は激戦だった。

それでも、彼らには確かな手応えがあった。決勝戦について「ダナブルー史上一番ウケて、本当に気持ちが良かった」とシンカイさん。ミヤモトさんも「あんまりウケたことがなかったネタが、今日はめちゃくちゃウケて」と、観客の反応の良さを実感していた。

興味深いのは、彼らの勝因分析だ。「自分たちの実力だけで勝ったというよりかは、手順だったり、選んできたネタだったり、いろんな偶然や出来事が重なって優勝にたどり着けた」というシンカイさんの言葉は、謙虚さと同時に、勝利に向けた緻密な準備と戦略があったことをうかがわせる。

「神社にお参りしてきた」というエピソードも含めて、彼らなりに最善を尽くした結果としての優勝だった。

第3章:審査員から見た大会の価値─質の高い戦い

参加者の年齢、芸歴の幅広さも印象的だった。写真は「老人28号」

筆者も審査員として参加したこの大会で感じたのは、参加者全体のレベルの高さだった。

当日の2次予選には18組が出場。あきあかね、跡ノまつり、オンナをすてたひ、かわゆし銀行当座、関ノ山、山陽汽船、シャルウィーダンス、職員室、ジャック、地雷原突破、ダナブルー、トー畜、肥後ドッコイ、歩成、ミチエダ、もし恋という感情に匂いがついていたとしたら、この世に片想いは存在していなかったかもしれない、ライム11合、老人28号といった多彩なコンビが参加し、それぞれの個性とお笑いへのこだわりが感じられた。

激戦の2次予選を勝ち抜いた8組が準決勝へ進出し、さらにその中から選ばれた3組が決勝戦に臨んだ。最終的に3組まで絞られた決勝戦では審査員の評価も分かれ、僅差での判定となった。筆者自身、ダナブルーとは別のコンビに票を投じたほどで、それだけ甲乙つけがたい戦いだったのである。

このことは大会の質の高さを物語っている。単に地域の芸人が集まっただけでなく、それぞれが全国レベルの賞レースを意識した準備と技術を持って臨んでいた。岡さんが目指した「M-1に近い形」は確実に実現されていたと言える。

また、参加者の多様性も印象的だった。結成15年以内という幅広い参加資格により、ベテランから新人まで、さまざまなキャリアステージの芸人が一堂に会した。アマチュア・プロの垣根を越えた競技環境は、地域お笑いシーンの底上げという観点からも非常に有効だった。

観客の反応も上々で、岡さんによると「思っていたよりクオリティが高くて凄かった、感動したというお声をたくさんいただけました」とのこと。地域のお笑いファンにとっても、質の高いライブお笑いに触れる貴重な機会となったのである。

第4章:これからの展望─全国への扉

審査委員長のダイノジ・大谷ノブ彦さんがダナブルーに賞状を渡す

ダナブルーの今後への意欲は明確だ。「賞レースにこだわっていきたいという気持ちがあるので、もちろんM-1を始めとした各賞レースへの挑戦を続けます」とシンカイさんが語るように、この優勝を足がかりに全国の舞台への挑戦を明言している。

一方で、課題も明確に認識している。「ネタを評価していただけたんですが、僕たちは平場に自信がないので、今後は磨いていかないといけない」というミヤモトさんの言葉は、さらなる成長への意欲を示している。

岡さんも、この初回大会の成功を受けて来年度への展望を明確に描いている。「来年度はエントリー数の増加、観客数の増加を目標にしております。九州・中国・四国地方のお笑いの文化がもっと盛り上がるような、芸人さん達の気持ちが燃えるような大きな大会にしていきたい」

具体的な改善策として、未成年の学生芸人が参加しやすい環境整備、予選数の増加、宣伝の強化などを挙げており、大会の発展への道筋は着実に見えている。

また、岡さんが語る最終的なビジョンは壮大だ。「北九州で、お笑いがテレビの中だけではなく、ライブで観ることが当たり前になるようにしたい」。これは単に大会を成功させるだけでなく、地域全体のお笑い文化を根付かせようという長期的な取り組みなのである。

新たなお笑い地図の始まり

『ザ・グレイテスト笑漫2025』が示したのは、地域お笑いシーンの新たな可能性だった。東京・大阪への一極集中が続く中で、地方にも質の高い競技環境と観客が存在することを証明した。

ダナブルーという新星の誕生は、その象徴的な出来事と言える。結成1年半で地域大会を制覇し、全国への挑戦を宣言する。彼らの存在は、地方で活動する多くの芸人たちに「ここでもやっていける」という希望を与えたに違いない。

岡さんが描く「地元で芸人を続けられる、あるいは一度出た人が戻ってこられる土壌」の実現に向けて、この大会は確実に第一歩を踏み出した。来年の『ザ・グレイテスト笑漫2026』では、さらに多くの芸人たちが集い、より熱い戦いが繰り広げられることだろう。

日本のお笑い地図に、新たな一ページが加わった。その中心に北九州があり、ダナブルーという新星が輝いている。地域から全国へ──その夢は、もはや夢ではなく、現実的な目標となった。