J:COM北九州芸術劇場で「インヘリタンス-継承-」上演 主演・福士誠治が意気込みを語る

2024年3月9日(土)、J:COM北九州芸術劇場 中劇場にて、「インヘリタンス-継承-」が上演されます。この作品は、「継承」というテーマを通じて、人間関係の複雑さと美しさを探求します。

今回、主演を務める福士誠治さんに、演じる役の深層や演出家との再会、そして舞台が語る「継承」の意味について話を伺いました。福士さんの視点から、この舞台が持つ独特の魅力と、観客への強いメッセージを解き明かします。

ーー今回は台本を読む前から出演を希望されたとのことですが、その理由を教えてください。

一番の理由は、演出家の熊林弘高さんとまた一緒に作品を作りたいと思ったことです。これまで同じ演出家さんと繰り返し仕事をすることは少なかったのですが、熊林さんとはこれが3回目の共同作業になります。
作品は違っても、同じ演出家さんと再び作品づくりすることで、クリエイティブな共通言語や相互の感覚の理解が進むので、とても楽しいです。

ーー今回の熊林さんとのお稽古はいかがでしょうか?

熊林さんの演出の引き出しの多さに毎回驚いています。今回は特にいろいろなアイデアと考え方、表現方法を演出してくださっていて、底知れないものを感じています。

ーー熊林さんの魅力はどんなところですか?

表現がとても繊細なところです。言葉を重視し、身体を使った表現に特化しているように感じます。言葉の裏にあるサブテキストを深く読み解き、本の核心をしっかりと捉えるので、稽古中も常に新しい発見があります。

ーー当初この作品を愛の物語と捉えていたそうですが、稽古を進めてきた今はどのように感じていますか?

「愛」という言葉は多様な形をとり、恋愛だけでなく家族愛や憎しみも含まれると感じています。

「インヘリタンス」は実際に起こった話と、その物語を小説に書き残すという二つの話で構成されています。稽古を重ねるうちに、「インヘリタンス」には人間のさまざまな愛が溢れていると感じました。

小説を書き上げることから得られる喜びとその過程で死に近づいていること、愛することで幸せを感じる人がいる一方で、愛ゆえに不幸を味わう人もいることのように、必ずしも「愛=とてもいいもの」にはなっていないところが、とても残酷であり、またリアルだと感じています。

もうひとつ、やはりHIVとの関わりは避けて通れないと思っています。HIVと聞くと、どうしても1980年代にアメリカで多くの人が亡くなった時代を連想します。今回の作品に臨むにあたって、医療従事者と対話を重ね、HIV/AIDS患者の現状をこの舞台の中で描くことができました。

このような話を演じて発信できること自体も、非常に素晴らしいことだと感じています。

ーーコロナ禍を経て、生の舞台の魅力について改めてどのように感じていますか?

コロナ禍での経験は忘れられないものであり、演劇を再び行えるようになった今、その価値を改めて感じています。
作品に出演する上で、「大義」のようなものをよく聞かれるのですが、重いバックグラウンドの話でも、鑑賞するお客様には難しく考えずに楽しんでもらいたいと考えています。人々が集まり何かを共有することの重要性を、この作品を通じて伝えられたら嬉しいです。

ーー福士さんが演じるエリックはご自身と共通点がありますか?

エリックと自分には多くの共通点があると感じます。友人を自宅に招き、食事を共にし、音楽や映画を楽しむことが好きな点は、特に似ていると思います。

また、エリックが人とのバランスを取る能力に長けており、異なる人々が居心地良く過ごせる空間を作り出すことは、僕も心がけている点です。

作品の中のエリックは、自分の話をあまりせず、聞き役に徹することが多いです。場を盛り上げるために話題を提供することもありますが、自分の意見を積極的には話しません。これはエリックの魅力の一つではありますが、物語の後半で自己決定を迫られる場面では、その性格が苦悩を生む原因になります。

エリックはいい意味で凡庸で、雰囲気に流されやすい性質を持っています。それが人間らしさであり、彼のピュアな部分や愛の深さを表しています。30代半ばのエリックが自分の人生を真剣に考え始めることは、多くの人にとってリアリティを感じるのではないでしょうか。

ーー世代が近いエリック役を演じるにあたりどのようなことを心がけていますか?

自分の感じることを役に反映させることもありますが、完全に自分の思い込みだけで演じるとエリックから離れてしまう恐れもあるので、エリックを深く理解し、自分に取り入れることが大事だと熊林さんとも話しています。

ーーエリックを演じるにあたってどんな準備を行いましたか?

稽古前にはテーブルワークで本読みを行い、言葉の意味や世界観、歴史的な言葉、ゲイコミュニティ用語などを学びました。また、「ノーマル・ハート」「ブロークバック・マウンテン」などの映画を観たり、メリルストリープの演技を研究をして、エリックの演技に役立てられるか考えました。しかし何より、稽古場で熊林さんと話し合いながら、背景にある思いを深めることが最も大切だったと感じています。

ーー準備から稽古に至る中で新たな発見はありましたか?

ゲイの男性を演じる際にあたって、最初に思い浮かんだのがドラァグクイーンでしたが、実際にはさまざまなゲイの方がいますし、エリックも派手な感じではないと思うので、演じるにあたっては、口調や仕草を美意識の高いものにしつつ、過度にデフォルメせずに自分なりの表現を見つける作業が発見でした。

ーー世代間で物語が「継承」される作品を作るにあたり、若手からベテランまで幅広い世代のキャストの中での福士さんの立ち位置を教えてください。

「継承」する役割を果たしているかは自信がありませんが、現在は全員が一生懸命作品作りに取り組んでいる状況です。コミュニケーションを取りながらも、真ん中で繋ぎ役のような役割になっていると感じることもあります。

ーー福士さんご自身が「継承」していきたいことはありますか?

この作品を通じて、そして俳優やミュージシャンとしての経験から、強く感じているのは「多様性」と「寛容さ」です。現代は多様性が認められ始めているものの、SNSでの誹謗中傷が絶えないことからも分かるように、まだまだ寛容さに欠ける面があります。僕たちは、人それぞれ異なる存在であり、それぞれが認め合うことが重要です。全員が全員を好きになる必要はなく、苦手な人がいてもそれは自然なことですが、異なる存在を許容する「寛容さ」がなければ、社会は争いに満ちてしまいます。この「寛容さ」を、僕は作品を通しても、自身の生き方を通しても「継承」していきたいと思っています。

ーー共演者についての印象をお聞かせください。

山路和弘さん、麻実れいさん、篠井英介さんは僕より大先輩で、皆さんとの共演は本当に貴重な経験です。山路さんとは結婚するような間柄になるので、特に多くのシーンで共演しているのですが、魅力的な声にエリックが惚れるのも納得です。
麻実さんはラストシーンでの長ゼリフを見事に演じていらっしゃって、その瞬間を聞いているだけで俳優として贅沢な時間を過ごしていると感じます。

篠井さんとは親密になる役どころなんですが、大変な中でも褒めてくれたり励ましてくれたりする優しさに触れ、とても癒されています。他のキャストたちとも一蓮托生の精神で頑張っていて、特に田中俊介くんや新原泰佑くんはセリフ量も多く、個々に努力しつつも稽古場での時間をともに充実させています。全員が一生懸命に表現を追求していて、物量の多いこの作品を通して、セリフが言葉としてちゃんと伝わるようになる過程を楽しんでいます。

ーー2022年5月の「セールスマンの死」以来の北九州芸術劇場です。

2022年に北九州におじゃましたときに夜出歩いたのですが、活気のある街だという印象を受け、人々の温かさや寛容さを感じました。街の人が気さくに話しかけてくださる感じがいいですね。昔は怖かったと聞きますが、僕は大好きです。

ーーありがとうございました。