『花と龍』北九州公演に向けて —— 演出家・長塚圭史氏に聞く、火野葦平作品の魅力

撮影:宮川舞子

火野葦平の名作「花と龍」が、物語の舞台である北九州での公演を迎えます。

明治時代の若松港を舞台に、荷役労働者「ゴンゾ」として生きる玉井金五郎とマンの激動の人生を描いたこの物語は、北九州の人々にとって特別な意味を持つ作品です。KAAT神奈川芸術劇場と新ロイヤル大衆舎が約4年ぶりにタッグを組み、玉井金五郎が実際に歩いた街で、その物語を蘇らせます。演出を手がける長塚圭史さんに、作品への思いと北九州での上演に向けた期待をお聞きしました。

――火野葦平さんの小説「花と龍」を舞台化しようと思ったきっかけを教えてください。

長塚さん:僕は火野葦平さんの「花と龍」をよく知りませんでしたが、あまりにも有名だったので、どこかで読んでみたいと思っていました。現在芸術監督を務めている劇場(KAAT神奈川芸術劇場)に通いながらいろんな本を読んでおり、「花と龍」は電子書籍で読みました。滅法面白くて、全然途中で止められずに駅に着いてもまだ読んでいたくらいです。1950年代の小説なのに、ものすごく軽やかな筆致で書かれていて、内容もすごく引きつけるものがありました。何より、とにかくキャラクターが素晴らしかったです。

まず小説に魅了されたんですが、それが火野葦平さんご自身に関連するお話だったということが後にわかり、「実話に基づいているのか」と驚きました。なおかつそれが中村哲さんの血へと繋がっているということがわかって、より輝きを増していきました。

【編集者注:中村哲さんは、アフガニスタンでの医療活動や用水路建設など人道支援に尽力した医師で、2019年に現地で命を落としました。中村哲さんの母方の祖父が、「花と龍」の主人公・玉井金五郎です。】

中村哲さんも玉井金五郎も、自分のためというよりは、どう自分が生きるかということを磨きながら、他人のために周りのために力を尽くしている、その姿に素直に心打たれました。

――若松に取材に行かれたそうですが、若松の地を巡って肌で感じたことを教えてください。

長塚さん:小説の中で描かれている世界に比べると、あの界隈がぐっと密集しているという印象が強かったですね。小説では門司港から彦島の方に行って、それから戸畑に行って、若松に行くという風に移動していて、それぞれの場所にドラマがあるんですけど、実際に訪れてみると距離感がすごく近い。

それなのに小説では遥か彼方を見つめるように書かれているのが印象的でした。金五郎とマンが夢見ているのは支那大陸やブラジルで、こういう密集したところから遠くを見つめているその姿勢が、何だか現実味があってとても面白く感じられました。

音楽担当の山内圭哉さんと一緒に行ったんですが、若松にジャズバーを発見しました。確かにここは文化が交わる港町だから、新しいものが入ってくるタイミングもずっと早いだろうなと思いました。それで劇中にもジャズを結構使っているんです。

また、下関の喫茶店に入ったときにも面白い経験がありました。彦島に行って巌流島を眺めて、下関で暑い夏の日に古い喫茶店に入ったんです。そこでマスターが話しかけてくれて、「花と龍」の話をどんどんしてくださった。その方の奥様のおばあさんが、まさに物語に出てくるどてらばあさんのような人だったというんです。当時の言葉でいうと「女だてらに」男の人と渡り合う、そういう時代を生きた人たちの話を生で聞いて驚きました。

今回のカンパニーにも北九州出身の俳優が1人入っているんですが、彼の親戚も「ゴンゾ」だったということを聞いて、北九州の皆さんにとって身近な存在だったんだなということを実感しました。

――日露戦争やコレラが流行った明治末期という時代を、2025年の今上演する意味や同時代性についてはどうお考えですか?

長塚さん:まず、コロナ禍を経験し、無作為に人がウイルスにやられていくということはどの時代も変わらないんだなということを感じました。そこで改めて向き合う「生きるとは何か」ということは現在にも通用する話だと思いました。

日露戦争以降、日本は軍国主義にどんどん走っていくわけですが、この時代はまだ社会が新しく出来上がっていく頃合いでした。小さな国が大国に勝って、この先がまだ全然わからない。一寸先が見えないような時代だったと思うんです。

それはまさに今も同じで、トランプ政権になって毎日びっくりするようなニュースがあり、世界情勢が刻一刻と変わっていく。インターネットなどの進歩も著しく、いつシンギュラリティ(人工知能が、人間の知能を超える瞬間が訪れるという仮説)が来るのかもわからないような時代になっている。そういう不安が重なるんですね。

でも、だからこそ僕らには「どういうふうに生きるのか」という倫理や正義、まっとうに生きるとは何か、ということが大いに心に響くんじゃないかなと思います。

――「花と龍」長塚さんが一番好きなシーンはどこですか?

長塚さん:小説の中では好きなところがいっぱいあるんですが、今回の劇中で描かれていない場面では、マンが広島の田舎にいる場面ですね。そこで酷い目に遭うんだけど、そこから相手の睾丸を潰して…その場面が何とも魅力的なんです。

あとはお京さんですね。不幸せな彼女が玉井金五郎に惹かれていくんだけど、金五郎にはマンがいる。でも金五郎もお京の寂しさに気づいて見捨てられない。ただ綺麗だとかそういう問題じゃなくて、お京の抱える闇を放っておけない部分があるんです。

劇中で描いている中では、殴り込みのシーンが好きです。火野葦平の小説の描写がわくわくするほど素晴らしい。緊張感があって強い覚悟が伝わってきます。

――北九州公演に向けての思いを教えてください。

長塚さん:北九州に行って、「花と龍」の話をすると、本当に皆さん反応してくれます。ある年代からは皆さん知っている物語で、それだけに私たちの緊張感も高まりました。私たちは方言にもこだわり、広島から出てきたマン、愛媛の松山から出てきた金五郎、もちろん北九州弁もきちんと使おうと、戯曲が出来上がるのに合わせて、方言の指導の方たちにご協力いただきました。今回、北九州で「花と龍」を上演することで、改めて身が引き締まる思いです。そして、もちろんどんな出会いになるのかとっても楽しみです。

「花と龍」公演概要

撮影:宮川舞子

作品紹介

「花と龍」は北九州・若松港を舞台にした、「ゴンゾ」と呼ばれる荷役労働者たちの物語です。芥川賞受賞作家・火野葦平の自伝的長編小説を原作とし、KAAT神奈川芸術劇場と新ロイヤル大衆舎が約4年ぶりにタッグを組んで創り上げる人情活劇です。

KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2 『花と龍』:https://q-geki.jp/events/2025/hanatoryu/

日程

2025年3月15日(土)〜16日(日)

3月15日 (土) 15:00〜18:10

3月16日 (日) 13:00〜16:10

会場

J:COM北九州芸術劇場中劇場

原作について

火野葦平が自身の両親をモデルに描いた作品で、1952年から1953年にかけて読売新聞で連載されました。幾度も映像化され、現在も高い人気を誇る傑作です。

あらすじ

明治時代の終わり、「黒いダイヤ」と呼ばれる石炭産業で活況に沸く北九州の若松港。荷役労働者「ゴンゾ」として働く玉井金五郎と、女・マンは惹かれ合い夫婦となります。大いなる夢を胸に日々命懸けで働く2人。金五郎は腕と度胸、正義感で港の抗争を切り抜けゴンゾを束ねていき、マンの器量と愛の深さがそれを支えます。しかし、のし上がっていく者の陰には必ず妬む者がいます。さらに、金五郎の前に壷振りのお京という女性が現れ、物語は展開していきます。

見どころ

・特別な劇空間:舞台上には地域の店舗などによる特設屋台が並び、開場中には観客も舞台上の賑わいのある市場を楽しむことができます

・歌舞伎からミュージカルまで幅広い作品を手掛ける齋藤雅文による脚本

・長塚圭史の演出と新ロイヤル大衆舎のメンバー・山内圭哉の音楽

スタッフ

・原作:火野葦平

・脚本:齋藤雅文

・演出:長塚圭史

・音楽:山内圭哉

出演者

福田転球、安藤玉恵

松田凌、村岡希美、稲荷卓央、北村優衣

森田涼花、成松修、新名基浩、大鶴美仁音、坂本慶介、北川雅

馬場煇平、白倉基陽、永真

山内圭哉、長塚圭史、大堀こういち

鑑賞サポート

・きこえない・きこえにくいお客様向け(対象公演:3月16日(日)・予約締切:2月28日(金)) セリフや効果音などをお手元でご覧いただけるポータブル字幕タブレットの貸出あり

・車椅子でご来場のお客様向け 車椅子のままご鑑賞いただけるスペースあり

※どちらも座席位置・提供数に限りあり。詳細・申込はメール(kitageki@kicpac.org)またはお電話(093-562-2655)

お問い合わせ

J:COM北九州芸術劇場 TEL 093-562-2655(10:00~18:00)

主催・共催

・企画制作:KAAT神奈川芸術劇場

・主催:(公財)北九州市芸術文化振興財団

・共催:北九州市

関連企画

映画「日本侠客伝 花と龍」上映

・上演期間:3月15日(土)~20日(木)

・会場:小倉昭和館(北九州市小倉北区魚町4丁目2-9)

・料金:1,000円 ※詳細は小倉昭和館へお問い合わせください