左遷の勝ち組 《第2回エッセイコンテスト優秀賞》

関東の本社から小倉への赴任を命じられた時、僕は初めて「北九州」という土地を「認知」した。今になっては信じられないことだけれど、それまで「北九州」という言葉について僕は一切の印象を持っていなかった。だから実に無垢な状態で僕は小倉駅に降り立つことができた。

迎えに来てくれた不動産屋の営業車の助手席から見た小倉の街は、モノレールが駅に飲み込まれて、まるで山手線のようにひっきりなしにバスが走り、勇壮な天守閣がそびえたっている「都会」だった。

「ここが北九州の台所、旦過市場ですよ」

不動産屋さんが指さした先には、昭和から抜け出したようなアーケード街が見て取れた。

都会と田舎が心地よく混在している!

「なんと丁度いい街だろう」というのが、僕が初めていだいたこの街の印象となった。

新居が決まり、北九州の街を隅々まで走り回ってみればみるほどと、僕はすっかりこの街に魅了された。

門司、若松、戸畑、黒崎、八幡、そして小倉それぞれの街はそれぞれに歴史があり、往時の繁栄に思いを巡らせるのは楽しかった。

若戸大橋、皿倉山、高塔山、平尾台、小倉城、門司港レトロ、美しい景色には事欠かなかった。

食の充実も僕を驚かせた。

寿司、ラーメン、新鮮な海産物、野菜、果物…何もかもがうまかった。

北九州に魅了されるにつれ、僕はことあるごとに北九州がいかに気に入ったか、魅力的な街か、可能性に満ち溢れているかを伝えずにはいられない衝動にかられた。こんな素晴らしい街に住む住民はさぞ誇らしい思いでいるはずで、そんな彼らとこの街の魅力を大いに語り合いたいと。でも実際の彼らはみな、不思議そうな顔をして僕の言葉に戸惑いを見せた。

「こんな何にもない街のどこがそんなに?」

異口同音に皆そんなようなことを口にした。

また、北九州という街が非常にネガティブなイメージを持たれているということも僕を驚かせた。

「修羅の街…怖い街…ヤンキーの街…手りゅう弾…ロケットランチャー…」

そんな言葉が当たり前のように北九州を語るときの代名詞として使われていた。

しかもあろうことか北九州市民自身がそんなイメージをどこか自嘲と諦めとともに受け入れているらしい様子に、僕はだんだん腹がたってきた。

北九州は不当に貶められているような気がした。

北九州の魅力が全く気づかれていないことが悔しく思えた。

だってこの街には本当に幸せの形がいくつだってあるのに!

関東では満員電車を乗り継いで通勤に片道2時間のところが今は川のせせらぎをBGMにゆっくり歩いて20分!

食べ物は素材から料理屋までおいしいところがわんさか!

新幹線も高速道路もフェリーも空港も近くにある!

人はおおらかで優しく、自然は身近で、のんびり釣り糸を垂らす場所にも事欠かない!

そして…僕が北九州に来て一番の収穫だったと感じること!それはギラヴァンツ北九州との出会い!

それまでプロ野球しか知らなかった僕が、ギラフェスをきっかけにミクスタを知り、そのスタンドから見える絶景とゴール裏の熱狂的な応援に魅了されて、今ではほとんど全試合観戦するようになった。サポーターが老若男女問わず一斉に声を合わせて叫ぶ!

「キ!タ!キュウ!シュウ!」

「キ!タ!キュウ!シュウ!」

この空間にはこの街を愛する人が凝縮されている。

森鴎外は小倉に左遷されてきたそうだ。

僕も社長に睨まれて極力遠い土地へ!との意向でこの街に左遷されてきた。

社長は北九州がこんなにも天国だと知る由もないだろう。知られてたまるか。僕はこの街で豊かな人生を手に入れた。心豊かに、うまいものを食べ、何かに熱狂する。人生でこれ以上の幸せはない。そのすべてを満たしてくれるものが、この街にはあった。

できればそんな満ち足りた街に暮らしている幸せを全市民にも気がついてほしいのだけど。

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