船場広場のベンチに落書き。設計者・田村晟一朗が問う「公共空間と表現」

小倉北区の船場広場に、4台のベンチがある。その名も「UMINATO BENCH」。一級建築士・田村晟一朗さんが設計した、北九州のストリートファニチャーだ。

UMINATO BENCHとは

「港(MINATO)に人が波のように集まり、ひとやすみのリズムをデザインするストリートファニチャー」——田村さんはこう語る。北九州を囲む関門海峡、響灘、周防灘といった海の風景と暮らしのリズムを、木のぬくもりと曲線で表現した。

設計の想いについては、こう記している。

「北九州の”海と港”は、この街の心に根付く言葉です。その存在の恵みと力強さをカタチに変えて街に宿し、日常にゆるやかな交流を生むきっかけをデザインしました」

落書きされたベンチ

表現者として、設計者として

そのベンチに、落書きが見つかった。

田村さんはFacebookにこう綴った。

「正直、かなりショックです。このベンチは、まちの人たちが自由に過ごせる場所として多くの関係者が思案し、かなりの労力を費やし、丁寧につくりました」

設計者として強い怒りを感じつつも、複雑な気持ちも抱えていると明かす。

「ベンチの設計者としては悔しいし、正直かなり腹も立っています。でも同時に、俺自身、TAMTAMgahakuとして作品を抱え、全国で個展をしてきた一人の表現者でもあるので、少し複雑な気持ちでもあります」

誰かが「ここに自分の痕跡を残したい」と思って描いたもの。それが誰かに嫌悪され、SNSに晒され、最後には消されていく。その現実を目の当たりにし、田村さんは自問する。

「『表現』って何なんだろうとか、公共って誰のものなんだろうとか、アートはどこへ向かうべきなんだろうって考えさせられます」

「アートは自由」という言葉の使われ方

グラフィティアートという文化が、本来どんな思想や背景を持っているのか——田村さんはすべてを理解しているわけではないと前置きしたうえで、こう述べる。

「少なくとも、誰かを傷つけたり、街の風景を壊すためだけのものではないはずだと思っています。『アートは自由』という意味がここで使われるなら、そんなもの自由でも何でもなくただの迷惑な行為、立ちションと同じだと思います」

もし本当に「表現したい」という衝動があるなら、匿名で何かや誰かを傷つけるのではなく、いつか堂々と作品として向き合い、公共の場や自由な場で表現してほしい——そう呼びかけ、「自分はその手伝いができると思う」とも付け加えた。

消去作業の現場で

消去作業に汗を流す田村さん

5月19日(火)14時、田村さんと広場の運営担当者、北九州市の職員、SNSを見て駆け付けた人たちが船場広場に集まり、消去作業が始まった。晴天の下、最大で約30人が集まり、道行く人も遠目に作業の様子を眺めていた。終始和やかで明るい雰囲気だったが、落書きを消す作業は一筋縄ではいかず、参加者たちは苦戦しながらベンチと向き合った。

作業を終えた田村さんに話を聞いた。

まず、このベンチにどう使ってほしいかを問うと、「普通に休んでいてほしいですね。個人的には昼寝してもらうとか」と笑いながら話してくれた。

一方で、表現者としての複雑な思いも口にした。「自分が書いたものを嫌悪されながら消されるっていうのは、すごく切ないな、と。公共空間で表現していくのは大事なんですけど、場所を間違えると、全くアートじゃない」

愛情を持って作品と向き合うなら、表現する場所を選ぶはずだ——田村さんはそう続ける。「自分の作品に愛情を持つなら、消されるのは嫌だと思うはず。そうすると、表現する場所をちゃんと選ぶということ。準備された場所か、もしくは自分で準備して表現するのか」

落書きをしたグラフィティアーティストへのメッセージも、作業しながら感じていたという。「今日来てもらって、落書きを消す作業じゃなくて、その過程の中で『街を守る』ということを感じてほしかった」

作業後のベンチ

この街から「表現」は消したくない

「アーティスト目線で言うと、落書きと呼べば“レッテル”ですけど、作品になると“表現”です。線引きを間違えないようにしてほしいなと思いました」

今回のことを、単なる迷惑行為で終わらせるのではなく、公共空間と表現の関係をもう一度考えるきっかけにしたい——。設計者としての怒りと、表現者としての葛藤を抱えながら、田村さんはそう締めくくった。