明治の文豪・森鴎外がかつて住んでいた「森鴎外旧居」に行ってきました

北九州市出身のナリシゲ@キタキュースタイル(@nari_104)です。

明治の文豪として名高い森鴎外がかつて住んでいた「森鴎外旧居」へ行ってきました。(訪問日:2017年11月18日)

森鴎外旧居 詳細情報

森鴎外旧居は小倉の繁華街・鍛冶町のにぎやかなエリアから少しだけ離れたところにあります。

明治30年頃に建てられた六間から成る日本家屋で、森鴎外が陸軍第12師団軍医部長として小倉に赴任した折りに明治32年6月から1年半住んだとのこと。

主に八畳の座敷と南側に続く四畳半の小座敷を使っていたといわれています。

森鴎外の著作「我をして九州の富人たらしめば」「鴎外漁史とは誰ぞ」はこの家で書かれたもの、帰京後に書いた小説「鶏」は、この家を舞台にしたものです。

 

住所

福岡県北九州市小倉北区鍛冶町1丁目7-2

アクセス

最寄り駅は北九州モノレール・平和通駅ですが、小倉駅から歩いても10分足らずで到着します。

入場料

無料

森鴎外旧居

森鴎外旧居に入ると、まず森鴎外の胸像が迎えてくれます。

それでは中に入ってみます。

奥の部屋は森鴎外が主に使っていたと言われる8畳の座敷です。

この「天馬行空」の書は、鴎外が飛行機発明家の矢頭良一の早逝を悼んで遺族に贈ったものです。

天馬行空(てんばこうくう)とは考え方や行動が自由なこと。または、詩文や書の筆遣いに勢いがあることを意味しています。

森鴎外の年譜も掲示されており、この部屋には数々の資料も展示されています。

建物を外から。

 

 

まとめ

ナリシゲ

おすすめ度:★★★
明治時代にタイムリップしたような建物、施設ではありますが、長居するような場所でもないです。森鴎外に強い興味を持っている、ということでもなければ退屈するかもしれません。とはいえ小倉駅から徒歩圏内ですから一度ぜひ。