変わらない夏の景色【エッセイコンテスト 入選作品】

エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 入選作品

「そろそろやない?」
「ダメ元で行ってみようか?」

GWが過ぎた頃。
日差しが次第に強くなる頃。
桜の季節が過ぎ、街中の緑が深くなる頃。
私は、大きなバス通りから皿倉山を目指す道に入る。
山を目指すように坂を上る途中にある、幼いころから変わらない姿の、お餅屋さんへ。
お餅も和菓子も外れなしで美味しいけれど、私のお目当ては、アイスクリームとかき氷。
電話で問い合わせすることもできるのに、まるで運試しのようにドキドキしながら車で向かう。

住宅街に突如を現れるビーチパラソルが目印。
ムッとする夏の風に揺れる、「氷」の文字と風鈴のリズム。
昔ながらのかき氷機で削る氷の音。
日除けの下げられた簾から零れる日の光。
バケツにたまった打ち水がキラキラ。
長い木のベンチに腰掛けて、待つ時間の高揚感。

あーーーこれぞ、日本の夏!
昭和の夏!レトロな夏!?
久石譲のSUMMERを流して、ベンチに腰掛けて道路にサンダル脱いだ足をほっぽりだして氷を食べたい気分。
実際はお店の前でお行儀よくベンチに片寄せ合って腰掛けるか、エンジンとめた車の中で食べるんだけどね。
いつ行っても優しい口調のお店のおばちゃん(敬意を込めて)との柔らかな会話も心地よい。

これを食べんと夏が始まらんね。
これを食べんと夏やない。
これを食べんと夏が終わらん。

幾度と言い訳を繰り返しては、ひと夏に何度と足を運ぶ。
自宅から徒歩ではなく、少し車を走らせていく距離というのもまたよくて。
ふと、一呼吸、タイミングよく家族がついた時に誰ともなく「行こうか?」と言う。
皆、頭に浮かぶ景色は同じで、同時に味覚が蘇ってしまい、車に乗り込む。

ちなみに欲張りな私は1人でこの店には行かない(笑)
いつも誰かを連れ立って行く。
父や母だったり、妹や弟だったり、当時の彼氏、今の夫だったりと。
そして違うものをオーダーして、いろんな味を堪能するのが好きだ!
おそらく私の周囲も欲張りな人間に囲まれているのだろう。
同じように連れ立って行く。

さてさて、私が初めてこの店を訪れたのはいつだろう。
考えても考えてもわからない。思い出せない。
親に聞いてみても
「そりゃ分からんね。いつから行きよるんかね?」
と逆に質問される始末。
それぐらい身近なソウルフード。

味は不変。
いつも私を裏切らない。
きめが細かく舌にのせると優しく消える。

オススメは宇治抹茶スペシャル。
シロップではなく、お抹茶を溶いたものをかけるので濃厚。
あとは、生レモンにクリーム。
自家製のレモンをつかった蜜をこれでもかとたっぷりかけてくれる。
そのレモンのかき氷の間に、ソフトクリームが忍ばせてある。

「ミルクかけんでいいと?」「クリームはいらんの?」
お店のおばちゃんに尋ねられてから悩む。
決めてオーダーしたはずなのに、誘惑に心が揺らぐ。

誰と競っているわけでもないのに、今年は何度食べられるかな?と思う。
おそらく去年までの自分と。
もしくは来年以降の自分に。

居合わせたお客さんの客層が、かつての自分と重なる。
冷たい氷を食べながら、いろんな事を思い出す。
最優先は目の前の氷を頬張ることだけど。

2020年、私は数年ぶりに故郷、北九州に戻ってきた。
年に数回、里帰りしていたけれど、再びこの地に定住するのが嬉しい。
昔から通っていたお店の閉店を耳にすると悲しくなる。
車を走らせていて、少しずつ景色が変わっていてわくわくする部分と寂しい部分もある。

さて、我が子たちに、この味を伝授する時がやってくる日も間近。
まずは定番のイチゴやハワイアンブルーをオーダーするんだろうな。
この店ではそれを邪道だと思えて仕方ない私が
「ちょっと、お母さんの、食べてみりぃ」
なんて言って、美味しさにびっくりする顔を見たい。見たい。見たい。

次の週末の行き先は決まった。
雄大な皿倉山の麓に行こう。
変わらず、いつもそこに佇んで待っていてくれているだろう。
あの坂を上って、あのパラソルを目指して。
そして変わらずにお店は続いてほしい。
これからもずっと、ずっと。
今までのようにずっと。

作者:ringoさん