エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 優秀賞受賞作品
昨年の三月末、私は大学生活を送るため単身で地元大阪から北九州に引っ越してきた。九州には親戚もおらず、完全に手探りで始まった北九州での一人暮らしだったが、早々に壁に突き当たった。
「暇だ。暇すぎる」
一人暮らし開始二日目で何もやることが無くなってしまった。大学での新入生の集いはまだ一週間も先で、知り合いは誰もいない。どうしたものかと考えていると、北九州にJリーグのチームがあることをふと思い出した。大阪にいる頃はガンバ大阪を応援していた私だが、何年か前にガンバからギラヴァンツ北九州に行った選手がいたような記憶があり、チームの存在を覚えていたのだ。調べてみると次の日にホームでSC相模原との試合があるということだったので、暇つぶしに見に行ってみることにした。
試合当日、迷いながらもなんとか本拠地であるミクニワールドスタジアム北九州に到着した私は、まず観客席とフィールドの近さに驚いた。こんなに間近でサッカー見れるスタジアムは日本に多くない。さらに海が真横にあったり、「海のボールパーソン」と称して漁船が紹介されたりと私の知らない「Jリーグ」がそこにはあった。試合前から心が躍る。自分が買ったチケットはB自由席で、ゴール裏と海側のどちらかに座れるチケットだったが、今までゴール裏で応援した経験が無く、少し憧れがあったので、ゴール裏中央のコアサポーターゾーンの端くらいに席を取り応援することにした。
「まぁでもJ3のサッカーなんてね…」と思いながら見始めたが、距離が近いので選手の声が聞こえてきたり、激しい競り合いが間近で見れたりと、なかなかに迫力があり面白い。こうなると応援する私にも熱が入る。必死にチャントを聞いて見様見真似で叫び、海風の肌寒さも感じなくなるほど飛び跳ねた。試合は北九州が幸先よく先制し、ゴール裏も大盛り上がりだ。
しかしそう簡単にはいかないのがサッカーである。後半も終盤に差し掛かったところで、一瞬の隙を突かれ同点に追いつかれてしまった。あまりにも一瞬のことで何が起こったかわからなかったが、ここに来ての同点はあまりにも痛い。私が下を向きかけたその直後だった。センターライン付近にいた加藤弘堅選手からゴール前への長いフライパスに、抜けだした佐藤颯汰選手が飛びついてボールを浮かした。スタジアムは静寂に包まれる。一瞬時が止まるような感覚になった。キーパーの届かない高さに浮かんだボールは、そのままゴールに吸い込まれた。なんと北九州が一瞬で勝ち越したのだ。あのゴール、そして直後の歓声は今思い返しても鳥肌が止まらない。見ず知らずの周りのサポーターとハイタッチして喜びを爆発させた。そのまま2対1で勝利をつかみ、この決勝ゴールで私はギラヴァンツ北九州に完全に心をつかまれてしまったのだ。
それから私はほとんど毎試合ミクニワールドスタジアム北九州に足を運び、ゴール裏で応援した。北九州の人はとても熱い人が多く、ゴール裏はいつも熱気に包まれている。私が育った大阪の人も血気盛んで熱い人が多く、北九州の人と似ているためとても居心地がよかった。チャントや選手名も徐々に覚え始め、ゴール裏で声が枯れるほど叫び、飛び跳ねた。ゴールが決まるたびに抱き合って喜んだ。そんな熱い応援に背中を押されたチームは快進撃を続け、Jリーグ史上初となる前年最下位からの優勝とJ2昇格という偉業を成し遂げたのだった。
昇格や優勝を決めたときの喜びはもちろん言葉にできないものであったが、そんな激動の2019シーズンで優勝決定や昇格決定の試合よりも忘れられない試合がある。それが、8月10日に行われたガンバ大阪U23との試合だ。開幕直後からずっと首位を守り抜いてきたギラヴァンツ北九州だが、5月ごろから失速し、7月からは5試合未勝利とスランプに陥っていた。私がスタジアムに見に行った試合では5月以降勝ちがなく、リーグ戦中断前最後となるこの試合で勝利を見せてほしいと心から願っていた。
その大事な一戦の相手は奇しくも私が故郷でずっと応援していたガンバ大阪。スターティングメンバーには私がかつて地元で所属していたサッカークラブの先輩も二人いて、とても複雑な気持ちで試合を見ていた。前半開始早々にガンバに先制され、この日も苦しい展開だったが、後半になんとか一点を返す。しかし、相手ゴールキーパーの堅守をなかなか崩せず、攻めあぐねる時間が続いた。このまま引き分けも見えてきた後半終盤。藤原奏哉選手の絶妙なスルーパスに反応して自慢の快足で抜け出した町野修斗選手が左足を一閃。渾身の一撃は、ゴールキーパーの股を抜けてゴールに突き刺さった。
逆転ゴールだ。土壇場で逆転し、そのままリードを守り抜いて6試合ぶりの勝利を掴み取ったのである。私にとっては実に三ヶ月ぶりに見た勝利だ。勝利を見れなかったあの三ヶ月間は本当に辛かった。どうしても勝てず、足取り重く家に帰った。「自分が見に行かなければ勝てるのではないか?」とさえ考えてしまっていた。そんな苦しい期間をようやく抜け出すことができた安堵感から、試合終了後は涙が止まらなかった。相手が地元のガンバだなんて知ったことじゃない。ただただ久々の勝利がうれしくて泣いた。かつて応援していた故郷のチームに勝利し涙したあの瞬間に私は「北九州人」になれたのではないか、と今でも信じている。
最初は完全見ず知らずの土地だった北九州。それがサッカー観戦により、毎週の楽しみが出来、サポーター同士での繋がりも増えて、今では充実した生活を送れている。徐々に北九州の方言もうつり始め、どんどん「北九州人」の完全体に近づけているのではないかと感じる。週末になると、黄色のユニフォームに腕を通し、仲間と共にスタジアムに行き、飛び跳ね、叫ぶ。そんな日常が今の私の宝物だ。大学を卒業してから北九州に残るのか、それとも大阪に戻るのかはまだわからない。しかし、この先の人生、私は世界のどこに居ようともいつまでもギラヴァンツを愛し、叫び続けるだろう。心地よい小倉祇園太鼓のリズムに乗せて。
作者:濱坂 輝雪さん