
J:COM北九州芸術劇場小劇場で11月14日(金)から16日(日)まで、パペットとLEDディスプレイを融合した革新的な作品「EPOCH MAN『我ら宇宙の塵』」が上演される。第31回読売演劇大賞で「優秀作品賞」「優秀演出家賞」「最優秀女優賞」の3部門を受賞、ロンドン公演も成功させた話題作の待望の再演だ。
大切な人を失った時の悲しみを描く物語
「大切な人を失ったとき、その悲しみとどう向き合えばいいのだろうか」――誰もがぶつかる永遠の問いに、演劇界の新たな才能・小沢道成が真摯に向き合い、紡ぎあげた『我ら宇宙の塵』。2023年8月に東京・新宿シアタートップスで初演され、パペットとLEDディスプレイを融合した演出で大きな話題を呼んだ。現地キャストでのロンドン公演を経て、オリジナルキャストによる再演が北九州に初登場する。
今回の北九州公演を前に、作・演出・美術を手がける小沢道成氏の取材会が開催された。
――まず、この作品はどのような物語なのでしょうか?
小沢道成さん:物語は、ある日父親を事故で亡くした少年が、父を探すために家を飛び出すところから始まります。その後、少年がいなくなったことを心配した母親も、彼を探そうと街に出かけます。
少年は街で出会った人たちに「人は死んだらどこに行くのか」と問いかけます。問いかけられた人々も戸惑いながら考え始めます。そして実は、彼らもまた大切な誰かを失った経験を持っているのです。 つまり、この作品は「大切な誰かを失い、この地球に遺された人々の物語」だと思います。
僕自身、物語からではなく「舞台で何を見たら自分が一番楽しめるか」という視覚的発想から作り始めるタイプです。舞台で使われる映像にはこれまであまり魅力を感じていなかったのですが、この作品で初めてLEDディスプレイを取り入れてみました。テクノロジーとアナログのパペットを組み合わせることで、どんな演劇が生まれるんだろうと興味が湧いたんです。
主人公の少年・星太郎をパペットにし、人間と共演させました。すると観客は「このパペットは何を考えているんだろう」と想像を膨らませてくれます。これは「人は死んだらどこへ行くのか」と考えることと少し似ていて、自分にとって大きな発見でした。
――なぜ「死」をテーマにされたのでしょうか?
小沢さん:きっかけは、2021年に大切な仕事仲間が父親を亡くしたことです。その方がいつも通りの笑顔で稽古場に来てくださった姿を見て「人が死ぬとは何だろう」と強く考えさせられました。
一方で、私の父はまだ生きています。だからこそ「人は死んだらどこへ行くのか」という問いを、生きている父、そして母にこそ届けたいと思いました。この二つの思いが、この作品を生み出すきっかけになっています。
――LEDディスプレイとパペットを組み合わせる発想はどこから?
小沢さん:僕がお客さんとして見ていても、大きな劇場でLEDを使うのは今や当たり前になっていて、あまり驚きを感じません。ただ150席とか200席の小劇場と呼ばれる場所で、LEDが舞台の壁一面にあるという体験は、小劇場でしか味わえないすごさなんじゃないかと思って。
ただ、映像を使うことになるので危険さも感じていました。僕にとって舞台で使用する映像は、観ている人の想像力を奪ってしまう可能性のあるものだとも思っています。そこで、正反対の要素があるパペットを使ってみようと。例えば、喋ることが苦手な少年(パペット)が想像をした時や、何かを描いた時に映像が映りだす。そうすることで、ただの説明ではなく、むしろ物語の世界がさらに広がっていくような感覚になるかもしれない。それが組み合わせてみたいと思ったきっかけでした。
そして、僕の中では「コミュニケーションの大切さや難しさ」を描きたいという思いもありました。SNSが普及し、誰もが自分の意見を発信できるようになったのは良いことですが、その一方で、自分の主張ばかりが先行し、相手の話にきちんと耳を傾けていないこともあるのではないか、と感じることがあります。
「人は死んだらここに行く」「いや、こうだ」と、それぞれが自分なりに考えるだけなら本来問題ないはずなのに、そこから口論になってしまうこともあります。そうしたコミュニケーションの難しさが渦巻くなかに、誰かが触れないと動かないパペットがいる。とても不思議な感覚になりました。

――初演時の観客の反応で印象に残っていることはありますか?
小沢さん:初演のとき、面白い現象がありました。会場の半分の人が泣いていて、もう半分の人は笑っていたんです。隣で号泣している人のすぐ横で、大笑いしている人がいる。 泣いている人からすれば「どうして隣の人は笑っているんだろう?」と感じるかもしれません。少し苛立ちを覚える方もいるかもしれません。
それでもこれは、劇場でしか体験できないことですし、人の価値観の違いを隣で感じられるのは素敵なことだと思います。それに、笑っている人は「痛いほど分かるから笑うしかない」と思っているかもしれない。見えるものだけで、聞こえる音だけで判断はできないよなぁと。「どうして隣の人は笑っているんだろう?」と感じた疑問のまま、少しだけ隣の人の人生を想像してみたりする。そしたらまた涙がこみ上げてくる。それもまた劇場という場所で味わえる演劇の醍醐味かもしれないなぁ、と感じたりしていました。
――ロンドン公演についてお聞かせください。
小沢さん:言語や文化、宗教、環境のすべてが異なる国で、日本で生まれたこの作品がどのように受け止められるのか、とても不安でした。はじめは「言いたいことが伝わらないのではないか」と思っていましたが「人は死んだらどこに行くのか」という問いや、大切な人を失う経験は誰もが持っているので、海外でも共感を得られるはず。そう信じて臨みました。
結果、お客さんはとてもダイレクトに反応してくれました。面白いときには笑い、面白くなければ笑わない。反応がとてもはっきりしているのです。スタンディングオベーションも、立つ人は立つ、立たない人は立たない、という自然なスタンディングオベーションでした。 このとき、この作品が国境を越えて届いていることを実感し、人間というものへの希望を感じました。日本で生まれた物語でありながら、海の向こうの人たちも同じことを考えているのだなと。
――今回の再演に込めた思いを教えてください。
小沢さん:初演のときから「いつか再演できたら」と話していました。実際に読売演劇大賞で「優秀作品賞」「優秀演出家賞」「最優秀女優賞」を受賞できたのは、小劇場作品としては大きな出来事でしたし、このことがロンドン公演にもつながりました。
今回の再演では、「きっとこのメンバーでやるのは最後だね」とみんなで話しています。この作品は今後、何度も上演されると思いますが、僕自身もこれが最後の出演になるかもしれません。だからこそ、このメンバーで4都市を巡り、集大成として花火を打ち上げるような気持ちで臨んでいます。
――今回、オリジナルキャストで再演する理由をお聞かせください。
小沢さん:このキャストがいたからこそ書けた作品なので、絶対にこのメンバーでやりたいと思っていました。キャストそれぞれの顔を思い浮かべながら、「この人ならどう表現してくれるだろう」と考えながら台詞が生まれていったので。
――再演にあたり、演出面での変更点はありますか?
小沢さん:オリジナルを尊重していますが、ロンドン公演での経験をもとに、音楽の一部を変更したり、台詞をより伝わりやすい言葉に変えたりと少しずつブラッシュアップする予定です。
またロンドンでは、パペットの質感を工夫することで、「怖い」という印象を和らげることができるんだと気づかせてくれました。 再演でもその工夫を活かし、観客がより共感しやすい印象になるように、パペットを調整しようと思っています。
――初演から再演までのスピードが早い印象を受けました。
小沢さん:本当は(初演翌年の)2024年にも再演したかった作品です。 プロデューサー目線で考えると、やはり受賞したりと話題性のあるうちに再演した方が、より多くの方が劇場に来てくれるんじゃないかなと。そういった意味で、今この2025年というタイミングで再演できたのは非常に良かったと思います。
――最後に、北九州の観客に向けて一言お願いします。
小沢さん:LEDディスプレイをフルカラーで使うことも可能な中、あえて白黒で表現するなど、贅沢な仕掛けを施しています。小劇場でこれほどの演出を体験できるこの贅沢を、ぜひ心ゆくまで味わっていただきたいです。

公演情報
日程・会場
J:COM北九州芸術劇場 小劇場
2025年11月14日(金)〜16日(日)
・11月14日(金)19:00開演
・15日(土)14:00開演 ※1
・15日(土)18:00開演
・16日(日)12:00開演 ※1
・16日(日)16:00開演
※1…鑑賞サポート付き バリアフリー字幕・英語字幕のタブレット貸し出し ※受付開始は開演の45分前、開場は30分前
料金
全席指定/座席選択可
A席 5,500円
B席 3,500円
C席 1,500円(映像演出の一部が見えづらいお席になります)
※LEDディスプレイを装置として使用いたします。光やフラッシュが苦手な方は後方のお席をおすすめいたします。
※未就学児入場不可
舞台一面のLEDディスプレイを用いた幻想的な演出の中、出演者5名と1体のパペットがその体いっぱいに届ける宇宙と生命の物語。大切な人を失った時の悲しみ、そしてその先にある希望を描く感動作をぜひ劇場でご体験ください。