ギラヴァンツ北九州が、ひきこもり支援に取り組む理由。地域の媒体になるために

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明治安田生命J2リーグに所属するギラヴァンツ北九州が、ホームタウン活動の一環として「ひきこもり支援」に取り組んでいます。

「ひきこもり支援」とは、病気や体が不自由などの外出を妨げる状況ではないがが、6カ月以上にわたり社会へ参加していない、いわゆる「ひきこもり」の状態となっている人の社会復帰を支援する活動のことです。

ギラヴァンツ北九州が、Jリーグでも珍しい「ひきこもり支援」に取り組むようになった理由や、プロスポーツと地域との関係性について、同クラブ育成・普及本部の下田功本部長に話を伺いました。

観戦体験参加者にサッカーの楽しみ方を解説する下田さん ©GOP

Jリーグ百年構想に対応する取組

―Jリーグクラブと「ひきこもり支援」の組み合わせは非常に珍しいと思います。この活動を始めたきっかけを教えてください。

下田:まず、日本の現状からお話しさせてください。いま、日本でひきこもっている人の数は約61万人(2019年厚生労働省)といわれていますが、予備軍としての不登校の児童、生徒の数は、この数字を遥かに上回ると考えられています。
年々増加傾向にあるひきこもりの数にあわせて、昨年(2020年)からのコロナ渦の影響も考えると、社会はより強烈な閉塞感に包まれ、今後ひきこもり問題は、より大きな課題となる可能性があります。

取組の発端は2017年の年始です。当時のギラヴァンツ北九州の社長との縁で、北九州市ひきこもり地域支援センター「すてっぷ」でセンター長を務めていた田中美穂さんという方と出会いました。

そこで出た「知人のお子さんが不登校になった」という話がきっかけとなり、田中さんと私とでサッカークラブとひきこもりの人を結びつける活動を立ち上げることになりました。Jリーグでも前例がなく、「本当にできるんだろうか」と思ったのを覚えています。

―何から始めたらいいのか分からないですよね。

下田:このときに田中さんから「ひきこもりの人たちを社会復帰させるには、“自分の社会”を広げてもらうしかない」ということを教わりました。

そこで「スポーツの力を使って、“自分の社会”を広げられるんじゃないか」と思ったんです。

―それで「ひきこもり支援」に取り組み始めたんですね。

下田:私はサッカーの指導者の資格を持っているんですが、どの級の資格を取りに行くときにも、オープンマインドになれますか? 心を開くことができますか? ということを一番最初の授業で問われます。
指導者は常に「心を開くこと=オープンマインド」からスタートするんです。

「ひきこもり支援」において、スポーツの力で“心を開く”取り組みが「ギラヴァンツ オープンマインド プログラム」(以下GOP)です。

GOPの活動は2017年に開始し、2021年で5年目を迎えました。上は60代から下は10代まで、幅広い年代の方が参加しています。現実問題、ひきこもりの人がスポーツイベントに参加することは難しい側面もあります。実際に参加されているのは、前述のひきこもり支援センターなどに来られている方で、私たちは「ひきこもりがちの方」という表現をしています。
2019年からは、地域社会への貢献を行う団体・小倉東ロータリークラブと共催で、不登校の児童・生徒を対象としたGOP for ジュニア(以下GOP-J)も始めました。

―具体的な活動内容を教えてください。

下田:GOPは観戦体験、運動体験、ボランティア体験の3つのプログラムで構成されています。これはJリーグ百年構想にもある「観る」「する」「参加する」にそれぞれ対応しているんです。

ギラヴァンツのホームスタジアム・ミクニワールドスタジアム北九州での試合観戦が「観戦体験」。参加者には、私の解説を聴きながら試合を楽しんでもらっています。
「運動体験」では、ギラヴァンツのコーチの指導のもと、参加者全員でボールを使って運動します。最初はおとなしくしていた参加者も、時間が経つにつれ運動量が増え、心地よく汗をかいています。
そして、試合前にスタジアム周辺の清掃を、試合中にスタジアム内のゴミ収集を行うのが「ボランティア体験」です。

GOP-Jではこれら3つの体験に加え、ミクニワールドスタジアム北九州の見学会を行っています。選手が使うロッカールームなど、普段は入れないエリアを見ることができるので、子どもたちだけではなく、引率の方々にも好評です。

GOP ボランティア体験(上)、観戦体験(下)の様子 ©GOP

スタジアムで解説をする下田さん ©GOP

―GOPのプログラムはどなたが考えたんでしょうか?

下田:北九州市で街づくりなどに取り組んでいる一般社団法人「まちはチームだ」の中川康文さんを中心に立案しました。

先ほど話に出た田中さんと中川さん、そして私の3人がGOPの立ち上げメンバーです。
今は関わってくれる人も増えてきましたが、手弁当で協力してくれている人が多いのも、GOPの特徴のひとつです。

4年間で延べ242人が参加。年間パスポート購入者も

―GOPには、これまでに何人くらいが参加したんでしょうか?

下田:GOPは昨年(2020年)までに延べ242人の方が参加してくれました。GOPへの参加がきっかけで就労・就学につながった人も出ています。
GOP-Jには、昨年までの2年間で延べ106人の児童・生徒が参加しています。

支援者の方に話を聞くと、同じ境遇の人が一度にこれだけ集まる機会ってほぼないらしいんですよ。観戦体験で20~30人、運動体験で40~50人集まります。集まって何が起こるかといったら、ひきこもり卒業間近の元気のいい参加者がリーダーシップを取って、他の参加者を遊びに誘ったりするんです。GOPの「観戦体験」がきっかけでサッカー観戦にはまった参加者もいて、過去の参加者のうち10人くらいは年間パスポートを持っています。

このような参加者同士のつながりを見ていると、やはり人は人でしか助けられないんだと思いました。

GOP-J 運動体験の様子 ©GOP

―5年目を迎えて課題に感じているところってありますか?

下田:一番難しいのは広報ですね。
誰でも参加OKというわけではないので、大々的に告知することが難しいんです。参加者のプライバシーの問題で、写真や映像を表に出すこともできません。参加者を募るのも、基本的には人づてです。

その他細かな課題はありますが、街にこういう場所があること、ギラヴァンツが場所を用意することが重要だと考えながら活動していきたいと考えています。

―クラブがひきこもり支援の活動をはじめたことで、選手を含めた現場サイドの関心の変化ってありましたか?

下田:昨年(2020年)GOPのアンバサダーを務めた川島大地コーチは、1年間GOPに関わって「心に感じるものが多かった」と話していました。

川島コーチは1年間、ひきこもりと呼ばれる方や不登校の生徒・児童たちと一緒に、スタジアム周辺のゴミを拾ったり運動をしたりと、GOPの中心メンバーとして活動してくれました。参加者と積極的にコミュニケーションを取っていたのが印象に残っています。
彼は今年からギラヴァンツのU-14の監督に就任したのですが、GOPでの経験が役に立っているのではないでしょうか。ちなみに、GOPのロゴも昨年川島コーチが作ってくれたんですよ。

日本の社会全体が心を開けるようなプログラムに

―GOPの今後の展開について教えてください

下田:このGOPという活動を地道に継続し、地域に浸透させた上で、新しい方向性を探りたいと考えています。

そもそも「心を開くこと=オープンマインド」のプログラムって、ひきこもりと呼ばれる方や、不登校の児童や生徒だけを対象にする必要もないと思うんです。

心を開くっていう作業は、実は日本人が一番苦手なところではないでしょうか。
他人とのわだかまりや摩擦が絶えないのは、心を開けないことが理由です。
GOPのプログラムを活用することで日本の社会全体が心を開けるようになるんじゃないか、と考えています。

―ひきこもり支援の横展開のようなことはお考えですか?

下田:先日、Jリーグがひきこもり支援に取り組むべく厚生労働省に相談したところ、GOPの事例を教えられ、実際にギラヴァンツや北九州市がヒアリングされるということもありました。
現在、日本国内にJリーグのクラブが56あるんですが、どの地域もひきこもりの問題を抱えていると思うんですよ。なので、各地域の支援団体とJリーグのコラボで、ひきこもり支援ができるんじゃないかと考えています。

GOPについて説明する下田さん ©AZrena

―ひきこもり問題への取り組みは今後の課題となりそうです

スポーツが街にある。それが全て

―プロスポーツクラブが地域や社会にもたらせるものって、どうお考えですか?

下田:プロスポーツクラブは、地域の「媒体」になり得る存在だと思うんですよね。

―地域の「媒体」ですか?

下田:例えば、ギラヴァンツが社会の、そして地域の課題に取り組むことで街の人にその課題を知ってもらえるということです。

例えば、普段はひきこもりの問題など意識をしていなくても、ギラヴァンツの活動を通じて、「ああ、北九州市にもこういった課題があるんだ」と伝えることができます。

我々が実施している、高齢者向けのシニア健康教室や障がい者スポーツ支援なども同じです。このような活動もホームタウンの方たちにぜひ知ってもらいたいですね。

ギラヴァンツが取り組む活動を外に発信することで、社会のさまざまな課題の解決に向かう、こうなるのが理想だと考えています。

―下田さんが考える「スポーツの社会的価値」とはどういったものでしょうか。

下田:その地域、街のシンボルになり得ることでしょう。
シンボルになると、常にチームの話題が街にあふれます。いいことも悪いことも全て。今日ギラヴァンツ勝ったね、とかから始まって。

そうすると、ギラヴァンツが発信する情報をたくさんの人が見るようになります。
街づくりの有益な発信をたくさんの人が見て、ギラヴァンツがやってるんだったらそれを支えよう、というのが街づくりにつながっていくと思うんです。

そうなることがスポーツの役割、意義だと思っていますが、日本のプロスポーツってそういうことをやってこなかったんですよね。かつてのプロスポーツは、企業の広報宣伝の媒体でしかなかったですから。

GOPの資料 ©AZrena

―たしかに、以前のプロスポーツは「興行」の側面が強かったと思います。

下田:本来、スポーツはその地域が作るものだと考えています。

でも日本では、地域じゃなくて企業が作ってきたんですよね。だから最終的に地域の力になることはありませんでした。

Jリーグが百年構想を提唱する前と比べて、スポーツと街のあり方が変わってきていると思います。いろんな過去のしがらみなどで街との共存が難しい部分があることは否めませんが、だからこそ街のシンボルになることが重要だと思うんです。

スポーツは、行政でも企業でもなく、地域の人が作って支えて育てるものです。この「育てる」という認識が重要ですよね。「チームを育てなきゃいけないからチケットを買うよ」とか。

招待券をばら撒いてお客さんを集めても、成長にはつながりません。スポンサーにはなれないけどチケットを買って見に行くよ、という人を増やすことが大切です。

―海外では地域のサポーターがチームを支えているイメージが強いです。

下田:私が10年ほどいたコスタリカでは、チームカラーに塗った棺桶を背負って試合を見に行っていたサポーターがいました。「俺は死ぬまでこのチームを応援するんだ」って。中米南米あたりはサポーターの熱量も過激さも、日本とは随分と違います。

―スポーツは地域に活力を与えてくれそうです。

下田:スポーツが街にある。それが全てかなと思います。住んでいる人の生きがいや励みになるんですよね。ときには落胆とかもありますが。

サッカーの観戦なんてまさにそうですよね。
サッカーって、90分間失敗続きのスポーツじゃないですか。
本当に成功したプレーは点を取ったときだけで、他は全部失敗しているんです。全部相手にボールを奪い返されている。
失敗続きの中で、点を取ったときの爆発的な喜びっていうのは、やっぱサッカーを見てないと分かりませんよね。
サッカーに興味のない人が、「点を取ったときにガッツポーズ出しすぎだよ」などと言うことがありますが、その人たちは試合を見てないからフラストレーションが溜まってないんですよね。でもサポーターはフラストレーションを溜めながら見ているし、選手だってフラストレーションを溜めながらプレーしている。

だから点を取ったときに喜びが爆発するんです。

そういうものって多幸感と結びつくんだろうなと感じています。
やはりスポーツは地域の人々を幸せにするものでなくちゃいけないし、地域の人々はそのスポーツを自分たちが作っていくという気持ちを持つことが大切だと思います。

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