北九州下関フェニックスが、九州アジアリーグ後期リーグ戦を制した。7月25日に行われた大分B-リングス戦(ダイハツ九州スタジアム)に5-4で勝利し、自力で後期優勝を決めた。
前期は最終盤まで首位を争いながら、ホーム最終カードで優勝を逃したフェニックス。その悔しさを抱えたまま入った後期で、チームは頂点まで戻ってきた。

後期の入りは、決して順調ではなかった。
6月6日の大分戦こそ10-0で快勝したが、翌7日は1-2で落とし、13・14日の宮崎戦は1-3、7-9と連敗。21日の佐賀ダブルヘッダーも第1試合を7-8で落とすなど、6月半ばまでは黒星が目立つ展開だった。
流れが変わったのは、6月27日の火の国戦だった。0-3で迎えた最終回に4点を奪いサヨナラ勝利。ここから、フェニックスの戦いが大きく動き出す。翌28日も火の国を6-3で下すと、7月11・12日の宮崎戦は6-2、2-0と連勝。17・18日の佐賀戦では14-2、13-1と、打線が大量点を奪う試合が続いた。21・22日の火の国戦も4-3、8-5で連勝。この間、投打がともに安定し、接戦も打ち合いも取りこぼさない戦いが続いた。

8連勝で迎えた7月25日の大分戦。勝てば後期優勝が決まる一戦で、2点を先制したものの、3回に4失点で一度は逆転を許した。しかし6回に3点を奪って勝ち越し。最後は守護神・谷岡楓太が締めて5-4で勝利した。6月27日から数えて9連勝、この一勝で後期優勝が決まった。
優勝を決めた翌7月26日、大分との後期最終戦は19-8。3回に9点を挙げるなど序盤から大量点を奪い、優勝を決めたあとの一戦を大勝で締めくくった。
後期のフェニックス打線は、上位から下位まで途切れなかった。
杉森慎太郎は全試合に5番・三塁で出場。打率.435とチーム最高打率をたたき出した。薮怜汰も全試合4番に座り、打率.404、本塁打3、打点14を記録した。後期の後半で3番を務めた井町爵久は打率.388。打点16はチームで最も多い。2番・二塁で固定された漁野海人は打率.309、下位打線のマリークも打率.333、打点12と、上下つながる切れ目のない打線で得点を重ねた。

投手陣は、失点53というリーグ最少の数字が働きを物語る。
先発の柱を担ったのは千脇諒太。リーグ戦7試合に先発し5勝1敗の成績を残した。コーチ兼任の荒巻千尋は6月21日の佐賀戦、28日の火の国戦で勝ち投手となり、優勝を決めた7月25日の大分戦でも先発を任された。
そして、終盤の接戦を締めたのが元オリックス・バファローズの谷岡楓太だった。後期は全11試合にリリーフで登板し、セーブ4。流れが変わった6月27日の火の国戦では勝ち投手となり、優勝を決めた7月25日の大分戦でも最後のマウンドに立って締めくくった。

前期に逃した優勝を、後期で取り返した。平間監督が前期終了時に口にした「まだ総合優勝は狙える」という言葉が、後期優勝という形で現実になった。
後期リーグ戦を制したことで、ポイント争いでも首位に立ったフェニックス。
8月1日からは後期トーナメントが行われ、8日にはファイナルラウンドがスタートする。


