「本気の遊び」は面白い。「クレイジーボール」が示した、次世代のエンタメ

11月22日(土)、大谷球場(八幡東区大谷)で、”体験型スポーツフェス”と銘打ったエンターテインメントイベント「クレイジーボール」が行われた。

大谷球場は、北九州下関フェニックスが今春取得し話題になった。現時点で、九州アジアリーグ公式戦での使用は未定だが、小中学生向けの野球教室やイベントなど、さまざまな用途での使用を計画しているという。

この日行われた「クレイジーボール」は、その名の通り、既存の野球の常識を覆すルールや演出を取り入れた、実験的かつ野心的な試みだった。

投球モーションに入る「5人の投手」(投げるのは1名)

まず、勝敗の決め方からして普通ではない。 野球の得点(ゲームポイント)だけで決まるのではなく、審査員投票による「エンタメポイント」、そして観客からの差し入れ数に応じた「サシイレポイント」の3つの合計で競うのだ。

配布されたパンフレットには、こう明記されている。 『監督および選手は野球のプレー、芸術面、ファンサービス。全てにおいて手を抜く事は許されない』

実際のプレー面でも、「バント禁止(※一部例外あり)」に加え、「スタンドの観客がファウルボールを直接キャッチすればアウトになる」など、観客をも巻き込む独自のルールを採用している。

アメリカで爆発的な人気を誇る「バナナボール」を彷彿とさせる、いわば野球版のパーティだ。

ゲスト出演のニッチロー

そこで繰り広げられた光景を見て、ある一つの問いと、その答えが頭をよぎった。

「なぜ、WWEは面白いのか」

世界中で熱狂を生むアメリカのプロレス団体・WWE。その魅力の正体について、よく語られる一つの答えがある。それは、「世界最高峰のアスリートたちが、徹底したストーリーを演じているから」だ。

忍者が打席に立つのも「クレイジーボール」ならでは

どれだけ演出が派手でも、リング上の戦いがお粗末なら観客は冷める。逆に、技術だけが高くても、そこに感情を揺さぶるドラマがなければエンタメにはならない。

「確かな技術」と「面白い演出」。この2つが高次元で融合したとき、スポーツは極上のエンターテインメントに昇華する。

試合途中でもパフォーマンスが繰り広げられる

プロが「真剣に」遊ぶから面白い

こういった企画は非常に危うい。一歩間違えれば「ただの悪ふざけ」や「内輪ウケ」で終わってしまうからだ。観客は「ふざけている姿」が見たいのではなく、「面白いショー」が見たいのだ。

だが、心配は無用だった。

普段、独立リーグという厳しい世界で NPB入りや優勝を目指してしのぎを削っているのは、「プロの野球選手」たちだ。そんな彼らが、この日ばかりは勝利のためではなく、観客を笑わせ、驚かせるために全力を注いだ。これが、「クレイジーボール」を楽しむことができた最大の要因だろう。

北九州下関フェニックスや大分B-リングスの選手に加え、寺原隼人コーチ、城所龍磨コーチ(以上福岡ソフトバンクホークス)、北方悠誠氏といった元NPB選手たちの存在も大きい。

最終回には寺原隼人“投手”が登板

さらに、試合進行のトークをKBCの長岡大雅アナウンサーが務めたことも、会場の盛り上がりに大きく寄与した。長岡アナは、桐朋高校硬式野球部と早稲田大学準硬式野球部でプレーした、ガチの球歴を持つアナウンサーだ。この日のトークも随所に「野球愛」があふれていた。(トニー・バティスタや白新高校の不知火のネタは、若い野球ファンには伝わらないと思うが)

試合を盛り上げた、松下由依アナウンサー(左)とKBC・長岡大雅アナウンサー(右)

これらのメンバーを見ればわかるだろう。ここには「野球をナメる」人間が一人もいないことが。

140km/hを超える豪速球を投げる投手や華麗な守備職人が、真顔で変則ルールに対応する。そこに、中途半端な照れや手抜きは一切ない。

プレーは真剣そのもの。ふざけてプレーする選手は皆無

実際にプレーした選手や監督も、普段の試合とは異なる「難しさ」と「楽しさ」を感じていたようだ。

心の声が漏れてしまうという設定の『サトラレピッチャー』を務めた中田航大選手(北九州下関フェニックス)は、こう振り返る。「しゃべりながらのプレーは難しかったですが、最後に實松選手にホームランを打たれたのは、お客さんにとって一番盛り上がる終わり方だったはずです。シーズン中はあまり感じることのない『野球の楽しさ』を見つめ直す良い機会になりました」

先発・中田航大選手はマイクをつけての投球

また、『闇の交渉人』として審判に賄賂を渡し、有利な判定を引き出した新太郎選手(茨城アストロプラネッツ)も手応えを口にする。「普段とは違う『見せるプレー』を意識しました。交渉人として、自分が打つまではボール判定にしてもらったり……(笑)。新鮮な体験で、これからの野球人生にも活きると思います」

昨季まで大分でプレー、今季はBC・茨城でプレーした新太郎選手は「闇の交渉人」

そして、「高校時代以来の登板でした」という平間隼人選手兼監督(北九州下関フェニックス)は、「練習通りにいかない部分もあり、試合の状況変化に合わせた段取りの調整が難しかったですね」と話す。さまざまなカテゴリでプレー経験を持つ平間監督にとっても、「特別な機会だった」という。

北九州下関フェニックス・平間隼人監督は、この日は外野手、投手で出場

技術がある人間が本気で遊ぶからこそ、そのギャップが「愛嬌」となり、観客を引き込む「熱」に変わるのだ。

北九州に芽吹く、新しいスポーツ文化

野球自体もしっかりしている上で、ルールや演出で大いに遊ぶ。「クレイジーボール」は、既存の野球ファンだけでなく、これまで野球に興味がなかった層をも振り向かせる可能性を秘めている。現に、この日の観客席の反応は、いつものフェニックスの公式戦とは全く異なるものだった。

「プロが真剣に遊ぶ姿を見て楽しむ」。大谷球場という歴史ある場所に、新しいスポーツ・エンターテインメントの風が吹いた一日だった。