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お隣さんの高菜漬け【エッセイコンテスト 入選作品】

エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 入選作品

この春から私は新社会人。

二十歳になるまで実家を出たことがなくぬくぬく育った私は、迷うことなく八幡西区から小倉までバスで通勤することを決めた。

八幡西区住まいの私にとって小倉は大都会だ。高校の頃も小倉に行くというとどこか大人になったような、そんな気がした。

小倉には何と言っても病院がたくさんある。決め手はそこだ。そう、私は新人看護師なのだ。実家で身の回りのことを全て親にしてもらったら仕事にだけ集中できるぞー!そんな甘えたことを考えながら私は初出勤のためバスに乗った。

まさに期待と不安の入り混じった気持ちと言うのはこのことだ。ここから私のオトナな生活が始まるんだ!そう期待に胸を膨らませながらも、どこか社会見学に行く小学生みたいな気分だった。西鉄バスの窓から見た紫川沿いの満開の桜が私を祝福してくれているようで自然と笑顔になった。

ほどなくして配属先が決まった。同僚は7人。みんな私より年上だ。新人研修で聞いたところによれば、病院の中で1番忙しい病棟なのだとか…。でも大丈夫、私は仕事だけ頑張ればいいんだ!

二か月が過ぎた頃そんな希望は打ち砕かれることになる。夜勤が始まったのだ。つまり、もう実家からは通えない。仕方なく家族で物件を見に行って、とんとん拍子で部屋が決まった。古いアパートでワンルームの狭い部屋だった。兄妹も多く、祖父母とも同居していて大家族の中で育った私はとても心細かった。でもやるしかない。今こそ本当のオトナにならなくては!

季節は夏になろうとしていた。年上の同僚達ともすっかり打ち解け、よく一緒にご飯を食べに行ったり遊びに行くまでになった。仕事終わりからの資さんがお決まりコース。疲れていたらコンビニでお弁当を買って小倉城を見ながら食べたりした。

一人暮らしの方はというと、てんでダメで、料理の一つもしたことがない私はまず炊事場に立つことをしなかった。炊飯器でお米を炊いてみたけど、明らかに多い。余ったお米はどうしたらいいんだろう!?分からずにそのまま放置していたら、炊いて5日目で母が来て「あんた、99時間の表示とか初めて見たばい!」と笑っていた。何時間までならいいんだろう…余ったらどうすればいいの?謎だらけだ…。

この頃の私は実家にいる時のまま、料理をする気もなく、自分で調べることすらしなかった。お腹が空いたら買って食べる。眠くなったら寝る。ただ夜になると静まり返った部屋で孤独を感じ、いつも無意識にテレビをつけた。流れてきた関門海峡花火大会のCM。そっか、もうすぐそんな時期なんだな。

周りに住んでいる人と挨拶をすることはあったが、ほとんど交流はなかった。家族連れらしき年配の大家さんとだけ顔馴染みになった。隣の家には誰が住んでいるんだろう。いつも夜遅い帰宅の私はこのアパートで誰がと会うことはまずない。お隣の狭い玄関の隅には石の乗ったバケツが置いてあった。ドアを止めるためのバケツかな?初めての夜勤の前の日の夜、そんなことを考えながら眠りについた。

夜勤に出かけるのはお昼過ぎだった。緊張のため朝早く起きてしまい、そのまま眠れなかった私。いつもより薄いメイクでドアを開けた。するとそこには70〜80代だろうか。背の高い白髪頭の老人がお隣の家の玄関先を掃除していた。私は緊張しながら挨拶をした。

「こ、こんにちは!」

「はじめまして。一人暮らしですか?お隣だから困ったことがあったら言ってくださいね。」

おじいちゃんは、顔こそあまり笑ってはいないがその佇まいから温かい人なのがすぐにわかった。私はとても幸せな気持ちになった。一人暮らしに初めて希望が見出せたような気さえした。

夜勤が終わり帰ってきたのは昼過ぎだった。何時間起きてるんだろう…先輩には怒られてばかりだし、覚えることも多すぎる…もうヘトヘトだ。そう思い玄関までたどり着くと、今度は小さなお婆ちゃんがこちらをみてにっこりと微笑んでくれた。

「おかえり、おとうさんに聞いとるよ」

どうやら私のことをおじいちゃんが話してくれていたらしい。一気に疲れが吹き飛んだ。

おばあちゃんは緑色の塊が入った小さなポリ袋を取り出すと私に差し出した。

「これね、うちで漬けた高菜漬け。口に合うかわからんけど、食べねて。」

鼻にツンとくるような匂いがした。見ると玄関にあるバケツの蓋が開いている。そうか、あれ高菜漬けのバケツだったんだ。

「嬉しいです!ありがとうございます!!」

そう言うと私は家に入って冷蔵庫に高菜漬けを入れた。

それからとゆうもの、夜勤の強化月間と称してかなりの数夜勤に入るようになった。覚えることも多く、疲労も溜まり頭はパンクしそうだった。

いいこともあった。病棟の窓からわっしょい百万夏祭りの花火が見えたのだ。共に強化月間で夜勤に入っていた同僚、そして患者さん達と見る花火。短い時間でたくさんの話をした。患者さんの家族の話、同僚が料理教室に通いだした話、今度一緒に花火大会に行こうとゆう話も出た。

ワクワクしながら家に帰り、冷蔵庫を開けると半月前にもらった高菜漬けが悲しそうにこちらを見ていた。

「あ…」

調理の仕方がわからず、洗うべきか洗わぬべきか考えているうちに半月も経ってしまった。まだ食べられるのかな?いや、もう無理だよな…。私は袋を開けることなくこっそりとゴミ袋の奥の方にその高菜漬けを捨てた。隣のご夫婦にはとても申し訳ない気持ちになった。その後玄関で会うたびに心苦しかった。

小倉の街の魅力は何と言っても飲み屋が多いことだ。同僚とは毎週のように飲みに行っていたので、行きつけのお店もできた。顔を覚えてくれて、違う友人と行っても声をかけてくれるようになった。

お店を出ると歩道では老若男女がこぞって祇園太鼓の練習をしている。それに合わせて踊る酔っ払いのサラリーマン。大切な人や思い出が増えて、どんどんこの街を好きになっていった。

飲み会の後に川沿いを歩くのも好きだった。勝山公園で寝っ転がって同僚と星空を見上げたこともある。

よく路上ミュージシャンが歌っているのも小倉のいいところだ。私は音楽が好きなのでよく聴き入っていた。次の日が夜勤の日はお客さんが誰もいなくなるまで座って聞いていた。深夜2時、明日は夜勤なので夜更かししようと決めていた私は、まさに今歌い終わったその子に聞いてみた。

「何で歌うの?」

その子は少し考えて話し始めた。

「うーん…。歌を歌うことしかできないからさ。今はこれが仕事だからきついときもあるし、楽しいと思えないときもあるけど、たくさんの人から影響を受けて、変わるならいまだ!って思う瞬間があったんだよね。あはは、ちょっと難しいよね。小倉のお客さん、本当にみんな暖かくて嬉しいよ。」

方言の入っていない綺麗な標準語で答えてくれた。「そっかー」としか言えず、雑談をしてその日はタクシーで帰った。

季節は巡り、白衣の上にカーディガンが必要なほどになった。この頃には夜勤の仕事にも慣れ、一人で任された仕事をやっていた。たまに失敗しては落ち込んで同僚と飲みに出かけた。夜勤明けにコンビニのおでんを買って帰った。どんよりとした空で雪がチラついている中、お隣のおばあちゃんが重たそうに漬物石を運んでいたので手を貸した。

おばあちゃんは高菜漬けをつけていた。ふと、昔の記憶が蘇る。胸がズキっと痛くなった。こんなに寒い中苦労して漬けてくれてたんだな…。心の中でごめんなさいと謝った。その日食べたおでんはなんだか美味しくなかった。

就職して2度目の春が来た。バスの中から見た桜を今は横目に病院までの道を自転車で駆け抜けた。風が気持ちいい。

初めて新人さんと対面し、先輩になったのだと自覚した。私は本当にこの一年で成長できたのかな?答えが出ないままナースコールが鳴り、私は仕事に戻った。

夜勤から帰ったお昼過ぎ。コンビニの袋を下げた私に、玄関先に立っていたお隣のおばあちゃんが微笑みながら言った。

「おかえり。高菜漬け、出来たから食べり。」

「ありがとうございます!!!」

とても嬉しかった。今度こそ、今度こそはちゃんと料理しよう。私もちゃんと大人として自立したい。高菜を捨てたあの日から、ずっと心のどこかにあった想いだった。仕事でいくら出来るようになってもどこか欠けているような気がしていた。それは私自身だったんだ。私はすぐに高菜漬けの炒め方をネットで調べ、料理を始めた。

今だ!私はそう思った。迷いもなく同僚に電話をかけていた。

「もしもし?料理教室、私も通いたい!」

部屋にはおでんではなく、高菜漬けのいい香りが広がっていた。

作者:はいちゃんさん