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自転車を盗まれそうな街【エッセイコンテスト 奨励賞受賞作品】

エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 奨励賞受賞作品

生まれてから今日までの、北九州市に住む30年の間に、自転車を15回盗まれました。

盗まれる度にカウントしていたわけではないので、正式な回数は分かりませんが、どう少なく見積もっても15回は盗まれています。私の持つ先天的な運の悪さと、北九州市の土地柄とが相まると、自転車を15回も盗まれる事になるんだな、と感心さえしてしまう。自転車なんて盗まれるために買うようなもんなんだから、自転車は使い捨てだから、と、とんでもない開き直りをしないといけなくなったのは、きっと私が北九州に住んでいるからだ、と思い込む事にしています。それでもここに住み続けている私は、きっと北九州が好きなんだろう、と、これは思い込んでいるわけではなく、そう思います。

初めて自転車を盗まれたのは、小学校一年生の頃でした。ハローキティが描かれた、赤と白のかわいい自転車。やっと補助輪無しで乗れるようになった頃、ある日突然、駐輪場から姿を消しました。お気に入りだったのに…この自転車に乗って志徳団地32棟から15棟の友達の家まで行くのが日課だったのに…とてつもなくショックでとても泣きました。誰かに捕られたのかもしれないと母に言われて、尚ショック。人のものを盗む人がいるんだという事実にへこみました。

相棒が姿を消してから一か月もしないある日の下校中、私の目の前を6年生くらいの男の子がハローキティの描かれた赤と白の自転車に乗って通過しました。幼い私はその男の子を呼び止めます。「それ私の自転車だと思う」と言うと、「証拠あるん?」と返ってきました。証拠は、ない。「こないだなくなったばかりやし、男の子がそんな可愛いの乗らんやろ」と言うと、「そんなん決めつけんでよ」と言われ、どこかに行ってしまいました。

確かに、その子の言う通り。男の子がハローキティのかわいい自転車に乗らない、なんて決め付けです。性別なんて関係ない、自分の好きなものを身に付ける、それに口を出す権利なんて誰にもありません。あの子は、それを教えてくれたのかな…。決め付けてごめんね。でも、多分、あれは私の自転車でした。根に持っている。

その後、何度も自転車を盗まれ続け、中学2年生になった私はついに、自分の自転車を今まさに盗もうとしている自転車ドロボウと対面します。

部活から帰宅し、ピアノのレッスンに行こうと志徳団地5棟の前の駐輪場に向かうと、どう見ても私の自転車を盗もうとしている男子高校生2人組を発見。見るからに”ヤンキー”みたいな2人組でしたが、私は正しい事を前にするととても強気なので、「それ私の自転車ですけど」みたいな感じで声をかけました。

「ああごめんごめん(笑)」と言い私の自転車から離れるヤンキー。自転車の鍵がささるはずの場所には、薄い鉄板がささっていました。それが抜けない。どれだけ力強く引っ張っても抜けない。鍵がささらない。頭にきた私はまだ近くにいたヤンキーを大声で呼び止めました。ヤンキー(しかも北九州の)は怖いのでなるべく関わらないようにしていた私ですが、何せ今のこの状況での正義は、自転車の持ち主が私である事なので、めちゃくちゃ強気です。

「あの!抜けないんですけどこれ!」、そう言うとヤンキー達は戻ってきてくれました。自分たちで自転車を盗もうとして挿した薄い鉄板を「抜けない抜けない」と言いながら、抜こうとしているヤンキー。「ピアノのレッスン始まるんですけど…なんなんまじで…」とグチグチ言いながら見守る私。ヤンキー達も「まじごめん。時間大丈夫?」とか聞いてきて、「いや大丈夫じゃない、遅刻する」と答えると「うわ~ごめん…」とか言う。いい奴なんかい。じゃあ最初から盗もうとすなよ。根がいい奴ならいい奴でいろよ。

そうこうしているうちに薄い鉄板が抜けました。3人で喜んで、「ありがとうございました~!」「ごめん~気をつけて~!」みたいな感じで、自転車に乗りピアノのレッスンに向かいました。自分の自転車を盗もうとしていたヤンキーにお礼を言う自分も、根はいい奴のヤンキー2人組も、なんか今考えるとかわいいな。私にも、北九州のヤンキーにも、かわいいところがあるのだな。

はい、そして高校二年になった私はまだ自転車を盗まれています。

相変わらず志徳団地の5棟に住んでいた私は、そこから小倉東高校まで毎日30分かけて自転車で通っていました。志徳団地から小倉東高校に通う事を決めたという事は、公共交通機関を使わない覚悟を決めたという事です。公共交通機関を使った通学ルート、考えられるのは一択でした。まずモノレールで志井駅から企救丘駅に行き、そこから歩いてJR志井公園駅に行き、そこからJR日田彦山線に乗車。城野駅まで出て、JR日豊本線に乗り換えて下曽根駅で下車。そこから自転車で小倉東高校へ。いや、結局最後は自転車に乗らないといけないんかい。そして、これだと1時間以上かかるんかい。公共交通機関の快適さより、朝30分多く寝られる方を優先した私は、雨の日も風の日も、カッパを着て自転車通学するしかなかったのです。

そんな私にとって、自転車は生活に無くてはならなすぎるものになっており、絶対に盗まれてたまるか、というそれまでの私とは少し違う心意気で自転車と向き合っていました。もともと付いている鍵の他にチェーンを付ける。しかもそのチェーンはダイヤル式になっていて、三桁の番号を合わせた上で、鍵を挿して回さないと開かない仕様。これだけしておけば盗まれないだろうと、私はとても自信がありました。

ある日、部活に行こうと駐輪場に向かった私は落胆します。自転車がありません。もう無理だ。あれだけしたのに盗まれるんだ。部活に行く手段を失った私はタクシーに乗りました。どんどん上がっていくタクシーのメーターを眺めながら、「こんな場所に住んでいるからこんな目にあうんだ…」と本気で思いました。おかしいだろう。何をどうしたらこんなに自転車を盗まれるんだ。高校生がアイドル雑誌を買う為にとっておいたお小遣いだぞ。友達と別々のアイドル雑誌を買って、お互いが好きなグループの記事を交換しようね、と話していたのにどうするの?お母さんにまた自転車盗まれたっていうのほんと嫌だ。怒られるし申し訳ない。でも悪いの私じゃない。てか、あのチェーンどうやって取ったん?まさか切った?もう無理やろ、回避できんやろ。てかアイドル雑誌買えんやん。どうするん。めちゃくちゃイライライライラしながらタクシーに乗っていました。最終的な金額は全く覚えていませんが、友達に「え、雑誌2冊くらい買えるやん。かわいそう。」と言われた事は鮮明に覚えているので、まあそのくらいの金額だったんだと思います。最低な気持ちで部活を終えて、電車で帰りました。ちなみに吹奏楽部です。

この時点で私は北九州という土地を土地ごと恨んでいました。ここに住んでるからこんなに盗まれるんだろう、と。もう最悪だ。家に帰ったらお母さんにまた盗まれたって言わないといけない。それが本当に憂鬱でした。絶対に怒られる。私悪くないのに絶対怒られる。と思いながら家に帰ると、お母さんが「知らんおじいさんから電話あったよ、あんたの自転車、田んぼに落ちてたらしい」との事。

いぇぇぇええぇぇぇえい!!!!あった~~~~~~~~!!!!

歓喜。どうやら私の自転車は何者かに盗まれたあと、田んぼに捨てられていたようです。そしてそれを拾ったおじいさんが、自宅に電話をかけてきてくれたのでした。なぜそのおじいさんが私の自宅の電話番号を知っていたのかというと、住所と電話番号の書いたシールを自転車に貼っていたからです。盗まれても戻ってくるように、個人情報丸出しのシールを貼っていたら、そんな電話がかかってきたわけです。私の作戦勝ちですよ。しかもそのおじいさん、「どうせ暇だから家まで持って行きます」とお母さんに言ったらしいんです。え、ちょっと待って、それは怖くない?知らんおじいさんが家に来るの怖くない?いやまず怖いとかの前に、申し訳なさすぎん?とお母さんに言ったら、母もそう思い、「車で取りに行きます」と言ってらしいのですが「大丈夫、何もする事ないし運動にもなるし」の一点張りだったそうで、結局、次の日の夕方におじいさんが来ました。

めちゃくちゃ泥の付いた自転車に乗って、志井公園の先の方に住んでいたおじいさんが自転車を持ってきてくれました。母親が「車で送っていきましょうか?」と言っても「歩いて帰るよ、いい運動になった~」と言いながら帰って行きました。優しい。名前も顔も知らない女子高生の家まで、しかも女子高生だとも知らない、赤の他人の家まで拾った自転車を持って来てくれるおじいさんが、北九州にはいるんだなと、とても救われました。北九州を土地ごと恨んでいた私でしたが、おじいさんのおかげで、心が救われました。知らんおじいさんが家に来るの怖いとか言ってごめん。北九州に住んでいるからこんなに自転車を盗まれるんだろうけど、北九州に住んでいるからあんな優しいおじいさんに出会えたんだなと思うと、まあ、ウィンウィンかな。

それから私は福岡市の大学へ進学。小倉から片道2時間半かけて大学に通っていました。もちろん駅までは自転車で。何度か盗まれました。もうここまでくると私も学習しているので、新品の自転車は絶対に買いません。安いビニール傘を持っていると緊張感が無いのですぐ失くしたり取られたりします。その理論は自転車にも通用するのではないか。いつもママチャリに乗っているから盗まれるのではないか。と思い、ちょっと値段の高いかわいい見た目の青い自転車に乗っていた時代もありました。さすがにママチャリに乗っている時とは桁違いの緊張感を持って過ごしていました。盗まれました。私が自転車に対して抱いている緊張感と、自転車を盗まれる事、に、因果関係はない、という事が実証できたので、それからはリサイクルショップで5000円以下の自転車を買うようにしていました。面白いくらいに盗まれました。もう何て事もありません。自転車なんて盗まれるために買っているんだという、気持ちでいましたから。

そして私は現在、北九州芸術劇場で照明スタッフとして勤務しています。大学を卒業し、一年間のフリーター生活を経て、好きな場所で好きな仕事をしています。今は、職場から徒歩20分の所にある、築30年の木造アパートに住んでいます。徒歩で通勤しています。私はもう、自転車とは縁を切ったのです。もう乗りません。

縁を切った理由は、盗まれるから、だけではありません。私は自転車とは相性が悪いのだろうと30年生きてきてようやく割り切る事ができたのです。これからも私が自転車に乗り続けるならば、それは、自転車を盗まれ続ける事と付き合っていかないといけないという事。私は自らの幸せを自らで掴む事ができたのです。自転車と縁を切る事によって、自転車を盗まれるという事もなくなりました。私は賢いです。

私の働く北九州芸術劇場では、たくさんの様々な芸術が生み出されてきました。県外から色んなアーティストや俳優、作家、ダンサーの方が訪れ、北九州に滞在しながら作品を作る、という事も多々あります。そして県外から来られた方々は、皆さん口を揃えて「北九州って本当に良い場所だよね~」とおっしゃいます。ご飯が美味しい・人が温かい・県外から来た人の事もすぐ受け入れてくれる・栄えているのに自然も豊か、など、色んな事を言って、北九州のことを絶賛してくれるのです。30年間北九州に住む私は、「そうでしょう~~~」と内心とても誇らしげですが、なんか素直に認めるもの悔しいので、いつも「まあ、ここに住んでたらめちゃくちゃ自転車盗まれますけどね」と言います。決まって皆さん「北九州っぽいね、笑」と返してくれます。私は、「北九州っぽいでしょう。」と、言います。とても、誇らしげに。

作者:礒部 友紀子さん

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