インタビュー企画「KITAQ Style 1000 Project ~北九州市の“人”をもっと知る~」

山が見てる【エッセイコンテスト 最優秀賞受賞作品】

エッセイコンテスト「第1回 キタキュースタイルカップ」 最優秀賞受賞作品

就職で初めて北九州市を出た。行き先はN市。
職場で鍵を受け取り、借り上げのアパートに着いたら電気もガスも水道も通ってなかった。
なにせ20年以上前の事、ならばとググる事も出来ず、そもそも携帯はおろかPHSもポケベルすらなく、とりあえず落ち着こうと窓を開けて愕然とした。山がなかった。
方角が悪いのかと慌てて外に出た。東西南北どちらを向いても山は見えなかった。
むり。
だんだんと薄暗くなっていく、電気もガスも水道も通ってない、おまけに山も見えない部屋で、これからどうすればいいのかと膝を抱えた北九州転出初日だった。

それから10年。引っ越しの時はライフラインを確保する事を覚え、ポケベルにPHSそれから携帯、おまけにパソコンとプレステまで手に入れて装備は完璧。仕事にも慣れた。でも、やっぱりどの窓からも山は見えなかった。
どこまでも平たいN市は、どこまでも自転車で行けたけれど、どこまで行っても山は見えなかった。
生まれ育った北九州市では、遮る物さえなければどこからでも山が見えた。皿倉山の方向で方角が把握出来た。
特に気にしたことはなかったけれど、見えないとなると落ち着かない。恋しい。なるほどこれが不在の存在かと思った。
10年経って、北九州市に家族でUターンした。
窓からは当たり前のように皿倉山が見えた。

久しぶりに地元暮らしに戻ると、その快適さ、ちょうどよさに驚いた。
桜が咲いたらウォーキングがてら山を越えて高塔山公園でお花見へ。藤の季節には世界的に有名になった河内藤園もよし、吉祥寺もよし。菖蒲が咲いたら夜宮公園へ。花が祝福してくれるような始まりの季節。
祭囃子の練習が聞こえてきたら、ああ夏だと体がソワソワしてくる。山笠ひいて夏が来る。浴衣に着替えて花火大会。洞海湾で打ち上げるくきのうみ花火大会では、湾を挟んで若松側で見るか戸畑側で見るか、渡船が止まるギリギリまで迷ってみたり。

もちろん海も外せない。泳ぎが苦手でも魚釣りでもよし。魚釣り体験で子どもたちと釣った小アジをフライやお刺身に。やっぱり捕りたては美味しい。
美味しいと言えば、旬を迎えたとうもろこしやトマトの美味さ。JAに行列が出来てて何事かと思ったら、朝採れとうもろこしの直売だった。
涼しくなってきたら、スポーツ観戦もおすすめ。特に私がハマったのがサッカーJ2チームのギラヴァンツ北九州と、フットサルF1ボルクバレット北九州。えーちょっとスポーツ系は苦手だなあと思ってるあなたにこそ、ミクニワールドスタジアム北九州(通称ミクスタ)へ足を運んで欲しい。かくいう私もスポーツはするのも見るのも苦手、だったので。
まずこのミクスタ、駅から近い。なんと小倉駅から徒歩7分。こんな新幹線駅近スタジアムが他にあるだろうか。本当に立地が最高オブ最高。しかもスタジアム自体が綺麗。スタグル(スタジアム内グルメ出店)も、門司港地ビールやらタコ飯やら牛スジ丼やらハイボールやら色んなジャンルが盛りだくさん。スポットで来るキッチンカーもあって胃袋に限界があるのが恨めしいほど。そしてピッチが近い。マジで近い。こんなに近くて保安上大丈夫なんですかと責任者に聞いてみたいほど近い。選手が目の前でボールを奪い合う迫力は、中継ではない生ならではの魅力。それを昼間からビール片手に串焼片手に観られる楽しさ!そして、ミクスタはトイレが綺麗で数が多くて機能的。ほんと大事。さすがギラヴァンツサポーター企業TOTO。ハーフタイムのトイレ列も、どんどんはけるのでストレスフリー。是非、食わず嫌いなら一度試して見てほしいし、サッカーだけでなく他のイベントにもどんどんミクスタを活用していただけたらなと願わずにいられない。

おえべっさん(恵比寿祭)が始まったら冬が始まる。あの青空レストランに出演した潮風キャベツと、マルチョウをたっぷり使ったもつ鍋が恋しくなる。年末を慌ただしく過ごしたら、水回り用の輪飾りを買って、旦過市場で買い出しして、いよいよ年越し。さて、初詣はどこへ行こう。地元の神社を回ったら、宗像大社に行こうか宮地嶽神社に行こうか宇佐神宮に行こうか、受験生がいるなら太宰府天満宮もいい。博多座で初舞台を見て櫛田神社もいいかも。

こんな四季折々の楽しみが、片道30分~1時間ほどで手に入る。びっくりした。子どもの頃にはそんなこと考えたことすらなかった。北九州市を離れて不在の存在を知って、改めて、ふるさとの凄さを知った。
山も近いが海も近い。野菜も魚も新鮮でお値打ち。空港もあるし新幹線も停まる。そうそう、劇団☆新感線の公演がかかる劇場もある。歌舞伎も文楽もミュージカルもオペラも市内で観た。ドームこそないけどドームのある福岡市内までは特急で30分だ。
昔は何もないと思ってた。何もないから出ていきたいと思ってた。
とんでもない。抱え切れないほどの豊かさと、便利さがあった。

福岡は転勤族の間でブラックホールと呼ばれているらしい。居心地が良くて、抜けられなくなるからだと。
わかる。凄くわかる。
この快適さを例えるなら、あれだ、お菓子やらリモコンやらスマホやら全て手元に抱えて入ってるコタツだ。
大抵のものは足りてるし、足りないものは近くなら取りに行けばいい。遠くても、人ならイベントなら来てくれるように頑張って呼んだらいい。気持ちが伝われば、向こうからコタツに入ってくるだろう。

ITの普及で都会集中の意味が薄れ、地方都市の重要性が増していく中にあって、北九州市はどんどん魅力的な街になるだろう。イベントを積極的に行って、PRも徐々に出来てきた(気がする)。もっともっとアピール出来る事がたくさんある。これからももっと全国に私たちの北九州市の魅力が伝わればと思う。
変わりながら変わらない。そんなふるさとに安心する。
今日も窓からは皿倉山が見える。山が私たちを見てくれている。

作者:国松 亜紀さん